ヒロインの条件

「昔なんかあったでしょ?」
山本さんがフォークをプラプラさせながら尋ねた。

「昔はないです!」
私がとっさに大きな声を出すと、山本さんがニヤリと笑う。

「じゃあ、やっぱり今あったんだ〜」

そう言われて私はちらっと横の佐伯さんを見るけれど、佐伯さんの顔色はちっとも変わっていなかった。わたしだけ赤くなったり青くなったりして、恥ずかしいったらない。

「好きだって?」
西島さんも人の噂は大好きというようにニヤニヤしてる。

「……言われたかも」
私が観念して頷くと、女子陣はきゃーと興奮した。

「で、どうなの?」
「わかりません、ずっと友達だったから」

「でも、きっかけがあればね、どうとでも転ぶから。たのしそうだなあ」
山本さんが羨ましそうにそう言うと「そうだね」と佐伯さんが頷き肘をつく。

「俺も好きな人にキスしたいよ」

私の顔はまたボンッと爆発したが、周りを見ると山本さんと西島さんの顔も赤くなっている。女子達は思わず顔を見合わせた。

そんな私たちを見ながら、佐伯さんは「どうした、みんな」と笑い飛ばし、お肉をパクッと一口いれたのだった。

お会計で立ち上がると、後ろに佐伯さんが立った。昨日のことがあってから、後ろにいられるとどうしようもなく緊張する。そわそわしながら、会計の順番を待つ山本さんと西島さんの背中を見ながらしばらく黙って立っていると、突然耳元に気配を感じた。

ふり向こうとしたら、後ろから指が伸びて、私の髪を右耳にそっとかける。肌に触るのが自分の髪なのか、佐伯さんの指なのかわからない。

どっどっどっどっ。
心臓が途端に動き出した。長財布を握っていた両手に力が入る。

「あいつには負けないから」

暖かい息が振動を伴って耳たぶにかかり、私はバッと耳に手を当てた。くるっと振り向くと、佐伯さんは知らん顔だ。

「次だよ」
西島さんの声で、はっと前を向く。

「ありがと」
私はひきつる頬を歪めながら、なんとかそう言ったのだった。
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