ヒロインの条件
「ごめんなさい、全然思い出せません」
私がペコッと頭をさげ「もしかして柔道関係者ですか?」と尋ねると、男性は楽しそうに首を振り、胸ポケットからボールペンを取り出して、紙ナプキンに何かを書き出した。
「はい、これ」
差し出されたナプキンには『佐伯日向(さえきひなた)090-XXXX-XXXX』と書かれていた。
「俺を思い出したら、連絡がほしい。返事はその後でいいから」
それからはあーっとため息をついて「マジ、緊張した」と笑う。その笑い方がまるで少年のようで、スーツ姿とのギャップにドキっと胸が波打った。
脈は早いし、顔は熱いし、とにかくこの状況に混乱してで、「あのお昼休みが終わりますのでそろそろ」と口に出してみる。
「じゃ、戻ろう」
私は、恥ずかしくて恥ずかしくて、全身をカッカさせながら漫画をしまう。もちろん連絡先が書かれた紙ナプキンもちゃんとしまって立ち上がった。
それから「あれ?」と思いついた。『戻ろう』って、どこへだろ?
佐伯さんが私の伝票まで持っていくので「払います!」とさっと手を伸ばしたが、「昼休みを潰したからお詫び」と言って腕を引いた。
「でも……」
見ず知らずの人にご馳走になるなんて気がひける。私が躊躇してると、佐伯さんは「思い出したら、今度は俺にコーヒー一杯おごって」と言った。
「は、はい」
私が考えなしに頷いたのを見て、佐伯さんは本当に楽しそうな顔をする。
「絶対な」
そしてまた少年みたいな顔で笑った。