ヒロインの条件
「まだ笑ってる」
私はなんとか立ち上がると、バスルームに入って引き戸の鍵をがちゃっと閉めた。湿気の残るバスルームの中、小走りで曇った鏡の前に立つ。手のひらで鏡を拭くと、私の姿が見えた。
頬が真っ赤だ。長い黒髪が両肩にかかって胸の少し下までかかってる。私はさっき佐伯さんが囁いたほうの耳に髪をかけて、少し微笑んでみた。
「かわいいって」
甘酸っぱい気持ちが胸に広がって、笑みが顔全体に広がる。
「超かわいいって、へへ」
本当にヒロインになった気分だ。佐伯さんは私のことを「かわいい」って思ってくれてるんだ……。真ん中がきゅんと疼く。
「本当に胸ってきゅんとするんだなあ」
私は弾むような気持ちで、その場でくるくる回った。ふと洗濯機から覗いている佐伯さんのバスタオルが目に入る。思わず手が伸びて、その湿った布に指を触れた。
「佐伯さんの肌が触れたタオル」
爆発したみたいに、耳まであつくなった。恐る恐るタオルをつまんでから「うわ、これじゃただの変態だーっ」と慌てて放り投げた。
「ああもうっ。何考えてんの私!」
私は火照る頬をバシンと叩いて、浮ついた気持ちを鎮めようとしたが、なかなか治らなかった。