日常なままの境
一緒に住んでいるわけでも、結婚してるわけでもなかった事に安堵しつつ、
彼女を、奪い去る事は出来なかった。
俺を見ても気付かないようで、彼女にとってはその程度の思い出だったのか、
忘れてしまったのであれば、今が幸せなのであれば、
無理に思い出させる必要もないと。

そうは思ってもすぐに忘れられず過ごしていると、
自分と一緒に過ごした時のような笑顔もなく、彼が家に来る日も少ないと感じた。

そんなある日、いつものようにベランダから空を眺めていると、
煙草の匂いと共に声が聞こえた。

「うまくはないな」

「いい年して、不良ごっこですか?」

あー、もっといい感じに声かけるつもりだったのに。
自然と口から出てしまったのは、このベランダで彼女の声を聴いた瞬間、
あの時に戻ってしまったような気がしたからかもしれない。
不審者を見るような目で、少しイラついたような声で答えられても、
もう引くつもりはなかったし、そんな姿さえも愛しかった。

前のような曖昧な関係になるわけにはいかなかったので、
慎重かつ強引に、でも一線は超えないような付き合いを続ける中で、
彼と別れた事、俺との関係だけではなく、
あの時の記憶自体が無くなっているようだという事も知った。
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