3月生まれの恋人
顔を見合わせた一瞬、時が止まる



『侑月?』



目の前の光景を理解できず固まるあたしに、一呼吸おいて和真が呟く



『和真・・・』



その先を、どう続けたらよかったのだろう・・・

彼女の腰に廻ったままの和真の腕が、その関係を如実に物語っているようで


和真の為に手にしたネクタイを握りしめたまま
あたしの足はその場に凍りついた



『もしかして、侑月さん?』



あたしと和真が互いに無言で佇む中

意外にも最初に口を開いたのは、和真が“綾香”と呼び捨てた彼女だった

あたしがその唇に一度ものせたことの無い“朱”を品よく歪めるその人



『綾香』



和真は、言葉を続けようとした彼女を制すると

意を決するかのようにあたしの元へと歩み寄ってきた



『侑月』



彼女の腰から離れない和真の腕は、言葉の続きを容易に連想させる



『どおゆうこと?』



答えなんて解りきっているのに、あたしの口がそう呟く



『ごめん、見てのとおり・・・』



予想のついていた、一番聞きたくない台詞を耳にして

あたしは手の中のネクタイを陳列棚に放ると

そのまま店の外へと駆け出した
< 2 / 33 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop