突然ですが、オオカミ御曹司と政略結婚いたします
 隣にある赤の振袖を見て、小さく笑みを零す。その上質な生地には、金のヱ霞(えがすみ)と菊や梅、桜、萩などが描かれている。新郎家が今日のためにと姉に贈ってくれたものらしい。着物にさほど詳しくない私でも、この繊細な色遣いにひと目でこれが高価なものだとわかる。

 お姉ちゃん、幸せになれるといいな。でも、たしかお姉ちゃんって、赤い色はあんまり好きじゃなかったような……。 あ、立花(たちばな)さん、知らなかったのかな? だってふたりは――。

「日菜子(ひなこ)! どこなの、日菜子!」

 頭の中に浮かんでいた思いが、静かな早朝に似つかわしくない大声により、一気に吹き飛んだ。

 何事かと目を瞬かせていると、ピシャリと豪快な音を立てて障子が開く。驚いて肩を跳ねさせている私の視界には、肩で呼吸をしている母の姿があった。

「お、お母さん? どうしたの? そんなに慌てて……」

 いつも和服姿で黒い髪を綺麗に結い上げている母の前髪が、今は乱れて額に垂れている。必死で息を整えているように見えるが、それは今も短いリズムを刻んでいた。
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