短編集
1.【大人と子供】
小さい頃。俺は10才離れた兄がいた。


お母さんが仕事で忙しく、よく高校が終わったあとお兄ちゃんに遊んでもらった。


近くの公園によく連れて行ってもらってた。


そんな日だった。


「ねぇ!お兄ちゃんはなんでそんなに大きいの?」


『お兄ちゃんはもう大人だからね。』


「僕も大きくなったら大人になれるのー?」


『なれるよきっと。俺みたいに大きくね。』


そう言って俺の頭を撫でた手の感覚、そして夕暮れに照らされている笑顔は今でも覚えていた。


「大きくなってお兄ちゃん越してパパとかよりももっと大きくなる!」


『そしたら2m行くかもしれないね。』


「にめーとるってどれ位?」


その時まだ小学生になったばかりの俺は何に関しても好奇心があった。



『うーん、今のお前が二人分位の高さかな。あ、この滑り台と同じくらいかな。』


そこには兄より少し背の高い滑り台がある。


その時の俺二人分くらいの。


「僕二人分?!それに滑り台と同じくらい?!すごく大きい!」


『そうだね。お兄ちゃんより全然大きいね』


「僕は大人になったらかっこいい仕事してパパと同じくらい凄い人になりたいんだ!」


その時父は建設系の会社にいて、大工になるのが夢だった。


父の建設をしている現場に何度か行ったことがあったからいつの間にか目標になっていた。


『そっか。純粋無垢まま大人になってな。』


そう言って笑った兄の心の中はわからない。


でもその時の俺はわかった振りをした。


憧れていた兄に笑顔を向けてもらって、頭を撫でられて嬉しかった。


俺はそのまま兄に抱きかかえられ家まで帰った。


…けど。


その後兄は動くことも出来なくなった。


その帰りに起きた事故。


信号無視の車が突っ込んできて兄は俺をかばって怪我をした。


当たりどころが悪く左半身の自由が効かなくなったらしい。


病院に行く度俺のせいだと感じてしまう。


でも兄には色んな話が出来た。


小学校でやった事。


「ねぇ!お兄ちゃん!俺今日絵を書いたの!お花の絵なんだ!」


『凄いね!丁度今すぐそこに咲いている花みたいだ。』


そしてすぐそこにあるアジサイを指さす。


「すごい!小さい花沢山!」


『そうだね。』


中学であったこと。


『あ、中間テスト終わったのか?どれどれ、お兄ちゃんに見せてよ。』


「へへっ。兄貴のお陰でだいぶ点数は高いぞ!教え方凄い上手だしさ!」


『なら教えたかいもあるね。というかいつの間に【兄貴】なんて呼ぶようになったんだよ。』


「いいだろ!もうお兄ちゃんは違うなーって思っただけだし。」


『はははっ!もう俺もお兄ちゃんって自分で言わなくっていいか?』


「なんかそうなったらイメージ変わりそうだな」


『まぁだいぶ年離れてるしね。』


小さなことでも色々な話をした。


毎日ベッドに寝ている兄がつまらなくならないように。


ほぼ毎日来ていた。


この時間が俺にとっての楽しみでもあったから。


しかし、高校に上がると同時に兄は帰らぬ人となった。


俺と話している時に体調が急変してそのまま…だった。


最後に話したのは兄と同じ高校に行けたという事だった。


「なぁ!俺兄貴と同じ学校に合格した!」


『お!おめでとう!でもあそこ偏差値高かったんじゃ…』


「兄貴のお陰だよ。俺に色々教えてくれたし兄貴のお陰で頑張ろうと思えた!」


そんな話をしていると兄貴は突然横になり、呼吸を苦しそうにしていた。


俺は泣いた。


ずっと慕っていた兄がいなくなって、話す人が居なくなって。


でも兄は俺のことばかり考えていた。


日記を見てもそうだった。


最初のページから全て読んだ。


兄の字で書かれた日記。


『今日、弟が花の絵を見せに来てくれた。近くにあったアジサイと同じような小さな花が沢山ある花だった。あいつの展覧会とかも見に行ってやりたいな。』


『いつの間にか俺の事を【兄貴】と呼ぶようになっていた。俺はお兄ちゃん〜って駆け寄ってきてたあいつ可愛くて好きだったけどなんか兄貴〜って呼ばれるのも嫌いじゃない。』


『あいつが俺の通っていた高校を受けることを受ける事を母さんから聞いた。隠してた理由が今わかった。何度聴いても答えないなって思ってたから心配してた。ちゃんと教えてやらないとな。受かった時には小さい時みたいに頭を撫でてやろうかな。』


そこで日記は途切れていた。


俺は余ったページに日記を書き記した。


「俺は高校に合格した。1番に兄に教えた。でも頭を撫でてはくれなかった。ここに書いてあることくらい守って欲しいよな。謝るまで許さないから。」


そう涙を堪えながら書いた。


最後のページ…表紙の裏には【弟の会話ノート】と書かれていた。


その日記は俺の本棚に1番大切に保管されている。


今なら兄の言った言葉の意味も分かるだろう。


俺は兄の温かさを1番貰っていたんだろう。


だからこそずっと心配されていたんだろう。
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