俺様社長はカタブツ秘書を手懐けたい
俺は昔からこれが好きだった。でもきっと、あの味までは誰も再現できないだろう。

そう思いながらスプーンを差し込み、口に運ぶ。ひと口食べた瞬間、不覚にも直前の考えが覆されてしまった。

……同じ味なのだ。チキンライスも、薄焼き卵も。十年以上食べていないその味が瞬時に蘇るほど、父のそれが見事に再現されていた。

なぜ、こんなことができる? レシピがなければ絶対に無理なはず。あの男は、一体どうやって……。

わずかに震えだす手でもう一度オムライスをすくい、味わってみてもやはり同じ。もうひと口食べたところで、気分が悪くなってそれ以上進まなくなってしまった。

他人が作った父の味など、気持ちが悪い。同じなのに同じではない……その違和感に耐えきれず、ほとんど手をつけないままスプーンを置いて席を立った。


『出されたものは食え』


口酸っぱく言われてきた幼い頃からの両親の教えを、守らなかったことはあとにも先にもこの一度だけだろう。

この場にいたくない一心でそそくさとレジに向かおうとすると、女性店員が俺の残したオムライスに気づいて声をかけてくる。
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