俺様社長はカタブツ秘書を手懐けたい
唖然としている間に、通話は桐原さんの長い指のひと押しによって強制終了されてしまった。


「あ、ちょっ、桐原さん!?」

「すみません、デタラメを言って」


彼はあまり悪気がなさそうな調子で謝り、私にスマホを返した。そして、今の謎の発言の真意を教えてくれる。


「あの人を試したんです。私と一緒にいて、帰りの時間も迫っていると知って、社長があなたを奪いに来るかどうか」


雪成さんが私を奪いに──?

来てくれたらもちろん嬉しいけれど、あの人が私のことで必死になったりするだろうか。一度自ら手放したものを再び追い求めるようなことは、彼はしない気がする。

期待よりも不安のほうが大きく、俯き気味になる私に、桐原さんが優しく微笑みかける。


「もしも来なかったら、私にあなたを慰めさせてください。これでも男ですから」


きっと私を励ましてくれているのだろう。彼の心遣いは素直にありがたくて、私は眉を下げたまま笑みを返した。

しかし、覇気のない笑みはすぐに消えてしまう。あの人がいなければ、心から笑うことなどできない。

白く染まった窓の外の景色をぼんやりと眺め、彼の気持ちは今どこに向かっているのか、見えない心に想いを馳せた。


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