俺様社長はカタブツ秘書を手懐けたい
確かに、見回してみれば料理が来ていないテーブル席が目立つ気がする。ホールのスタッフもどことなく表情が硬く、焦っているようにも見えた。

不破さんも当然気づいており、涼しげな表情の中に厳しさを交じらせて呟く。


「……遅れてんな」

「なにかトラブルでもあったんでしょうか」


先ほどとは別の不安が湧いてくる。不破さんはなにかを察知したらしく無言で歩き出し、レストランの奥へと向かう。

すれ違うホールスタッフに「邪魔するよ」と言い、厨房の入り口までやってきた。すると、突然コートとスーツのジャケットを脱ぎ、私に手渡してくる。


「アリサ、これ持ってて」

「えっ、社長、なにを……!?」

「飛び入り参加」


彼は真面目な顔で茶化したように言い、腕時計も外して私に預けてきた。

もしかして、不破さん自ら手伝うってこと!?

両手に荷物を抱えて目を丸くする私をよそに、彼はワイシャツの袖を腕まくりしながら厨房へと乗り込んでいく。私はその様子を、戸口に立ったまま見つめるしかない。


「やけに時間かかってるみたいだが、どうした?」

「社長……!」


思わぬ人物の登場で、異様に慌ただしく動いていたキッチンスタッフの皆が瞠目する。人数は四人しかおらず、心許ない印象だ。
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