還魂―本当に伝えたかったこと―
 次の日、自宅で今までの講義をまとめていたら、大学に行くのが午後になってしまった。

 気持ちをしっかり持ってキャンパス内を歩くと何人かの友達に偶然にも会うことができ、抱き締められたり励まされたりして、私は周りの人に救われているんだなぁと改めて考えさせられた。

 このとき友達の前では、自然と笑うことができたのに――。

 見慣れた後ろ姿に、ふと足が止まる。茶色の革ジャンとジーパンの水留。

 いつものようにポンと右肩を叩いたら、ギョッとした顔をする。

(――まったく、何なの!?)

 でもそんな態度のお蔭で、逆に肩の力が抜けた。思いきって、一緒に帰れるかを訊ねてみる。

 こんなときだからこそ、水留と玲さんの話がしたかった。

 私の顔をじっと見て、おもむろにスマホを取り出し、バイト先に電話してわざわざ休みをとるなんていう優しい気遣いを、目の前でしてくれた。その様子は明らかに仮病ですと言わんばかりで、思わず大爆笑してしまった。

 笑いすぎて涙が出てくる、いつしかその涙が嬉し涙に変わり。そして……しゃがみこんで膝を抱えた。

 玲さんが亡くなってから、こんなに泣いたのは初めてだった。

 そんな私にどうしていいか分からず、オロオロして立ち尽くす水留。

 彼らしいその様子に、私は重たい口を開く。

「水留……ありがとうね……」

 そう礼を言った。

 帰り道も私を気遣う水留。自分だって、辛いくせに。目の下に、クマができているのにね。

 だけど憎まれ口はいつも通りで、さっきまで号泣していたのが嘘のように、ケタケタと笑うことができた。

 自宅の傍にある公園に誘われたので、いつものベンチに二人して座り込み、玲さんの話をたくさんした。

 思い出を話すのは辛いことだと思ったのに、なぜだか水留の話してくれる玲さんが、底抜けに明るくて楽しくて――気つけば、2時間も話し込んでいた。

「今日は、ホントに有り難うね……。いつも水留に甘えてばかりで」

 私が困ってるときに、なぜか水留がそばにいる。そんな彼に、ちゃっかり甘えてばかりいた。

 この状況に困り果てていると、私の頭を玲さんがするように撫でる。

 思わずドキッとして、体が強ばった。

「しょうがないヤツだな」

 イマサラナガ気がついた、見上げた視線の高さ。水留、いつの間にか身長が伸びたんだね。しかも眼差しが大人びて見える。

「何だか、いつもと逆だね。水留が私よりも大人みたいだよ」

 素直に感想を言うと、クシャッと笑いながら、

「いつも大人のつもりだったのに、廣田が子供扱いするからだろ」

 口調は文句なのに、眼差しはどこまでも優しげで思わずドキドキした。

 それを隠すために頭にあった水留の手を、ババッと乱暴に振り払った。

 多分顔が赤くなっていると思う。それを見られたくなくて、ひとりでズンズン歩いた。

 そのとき水留が何かを言う。振り返りながら次の言葉を待った。

「いつかは俺もお前も、加藤先輩から卒業しなけりゃならないよな。心が囚われたままじゃ、前には進めない」

 いつかは卒業――そうだね、その通りだよ。

 そのときの私は、一体どうしてるのかな?

「しょうがない。お前が何か見つけるまで、俺が支えてやるよ」

 優しく告げるなり私の右手を掴んで、歩き出す。繋がれた手が温かかった。

 水留の背中ってこんなに広かったっけ。何だか、すがり付きたくなるよ。

「いつも甘えてばかりで、ごめんね……」

「加藤先輩が残した宝物、しっかり守らなきゃって思うから」

 しょぼくれながら言うと、水留は前を向いたまま返事をした。

 ところどころぶっきらぼうな水留の言葉に、じわりと胸が熱くなる。

「ありがとね……」

 言いながら繋いでる手を、ぎゅっと握り返したのだった。
< 10 / 34 >

この作品をシェア

pagetop