還魂―本当に伝えたかったこと―
act:衝撃
 お互い地元の企業に就職したので住まいはそのまま、お互いの自宅も近所なのでたまに帰り道で会うことがあった。交わされる会話は大学生の頃と変わりなく、私の中で寂しいような悲しいような気持ちは常にあった。

 なかなか次の1歩を踏み出せない――。

 そんな6月のある日、抜けるような青空の天気の良い日曜日に、テーブルの上に置きっぱなしにしているスマホが軽快な音を鳴らした。

「もしもし?」

「廣田俺、起きてたか?」

 時刻は午後1時過ぎ、私はそこまで寝坊じゃないのにね。

「起きてるよ、失礼な」

「昼寝してるかと思った。なんていうか、機嫌が悪そうな第一声だったからさ」

 いつものようにグサグサと言う水留に、思わず苦笑した。

「電話かけてくるなんて珍しいね、何かあったの?」

 首を傾げながら言うと、「まぁな」なんていう嬉しそうな返事が返ってきた。

「廣田、とりあえず今すぐ俺んちに来い! 待ってるからな」

 一方的に告げて切られたテレフォンライン。キツネにつままれた気持ちをそのままに、軽く化粧を施してから自宅を出た。嬉しそうだった水留の様子に、自然と私まで嬉しくなる。

 思わず微笑みながら、軽い足取りで歩いた。次の角を曲がると、水留が住むアパートに到着する。ちょうど角を来たところで、ぴたりと足が止まってしまった。えも言われない禍々しい気配を、びしばし体に感じた。

 何かいると直感が言ってた。

 お化け屋敷に入るような気持ちで思いきって角を曲がった瞬間、白い光りに包まれているモノが目の前に見えた。

(この感じ、玲さんと初めて会った時と同じだ――)

 一旦目を閉じてから勇気を出して瞳を開けると、そこにいたのは自分の身長よりも大きな黒い鎌を持ち、黒い服を身にまとった銀髪の若い男の死神だった。

 おかしいと思った。今まで見たことがある死神はもっと歳がいっちゃってて、ボロボロの黒い服を身に着けているヤツだったから。

 まじまじと見つめたら、死神らしい男が私を見た。

〈選ばれし人間か、厄介だな〉

 心の中で彼の声が聞こえた。

(――選ばれし人間?)

 私が自分を指すと、眉根を寄せながら忌々しそうな感じで睨んできた。

「やっと来たか、すぐに来いって言ったのにおせぇぞ」

 水留の声が、死神の後ろから聞こえる。死神をすり抜けて立ち尽くした私の方にやって来ると、手にしていたヘルメットを強引に押し付けてきた。

「それ、廣田にやるよ」

「突然どうしたの?」

 いきなりやると言われても困る。玲さんのことがあって以来、バイクから遠ざかっていたのに。

「今まで貯めたお金とボーナスを合わせて、やっと欲しかったバイクが手に入ったんだ。これからちょっと、そこまで試運転するから乗れよ」

 水留が指を差すバイクを見たら、こちらの様子を窺うように見ている死神がたたずんでいるた。

(これってもしや、死運転の間違いじゃ?)

 あまりの状況に、私が顔を引きつらせたままでいると――。

「これに乗って、加藤先輩のことを吹っ切れよ。いつまでもウジウジするな!」

 違う意味で戸惑ってる私に、手渡したメットを無理やりに被らせた。そしてさっさとバイクに跨がる。

「水留、このバイクには……」

「俺は絶対に、お前を置いて死んだりしない」

 そう言って、私に左手を出す。

〈今すぐどうこうするつもるはない、ヤツの言うことを聞いて早く乗れ〉

 ふたたび心の中で、死神の声が聞こえた。

 その声にビクビクしながら、水留の手に自分の手を重ねる。力強く握り締められる中でバイクに腰を下ろし、何とか腰に手を回した。

「行くぞ」

 くぐもった声が聞こえたと思ったら勢いよく走り出すバイクの風圧に、腰に回した腕の力を慌てて入れた。

 以前乗せてもらったときとは違い、フラフラせずに上手に運転していく。

 こっそり後ろを振り返ると荷台に掴まって、高速道路にある吹き流しみたいになってる死神の姿があった。

(やっぱり乗ってるんだ……)

 ちょっとそこまでって言った水留は1時間以上使って、バイクを海まで走らせた。それまで、3人乗りでのツーリング――気が気じゃなかったのは言うまでもない。

 駐車場にバイクを停めて、浜辺をふたりで歩いていく。死神はバイクの横に立ったままでいた。

「俺の運転、どうだった?」

「前に比べて、安心して乗れたよ」

 驚くくらい上手くなっていた。

「俺じゃ駄目か?」

「何が?」

 突然駄目かと言われても、意味が分からない。

「廣田の彼氏になれないか?」

 私の顔を見ず、海に視線を向けたまま話をする。

「ずっと好きだったんだぜ、お前のこと。多分、初めて会ったときからだと思う」

「初めて会ったときって、大学入試のあのとき?」

 そんな前から、私を想っていてくれたの?

「入試んとき、かなりアガってて消しゴム探しまくってる俺に、廣田が笑いながら貸してくれたじゃないか。そのときの笑顔が忘れられなくてさ。だから、強引に名前を聞き出したんだ」

 たかが消しゴムを貸したくらいで、名前を聞いてくるなんて変な人だと、当時は思っていた記憶がある。

「加藤先輩と付き合うことになったときは、正直凹んだ。だけど、すっげぇ似合ってたからな。諦めざるをえなかった」

 溜め息を一つついてから、唇に小さな笑みを浮かべて私の顔を見る。

「諦めてた俺には、加藤先輩と廣田が眩しかったよ。だけど……」

 視線を私から、足元に落ちている細い流木にうつした。

「加藤先輩が亡くなってから、落ち込んでるお前を見るのが辛くてさ。何かしてやりてぇと思いながら、また傍にいてやれるって考えちまって。イヤな男になってた」

「水留……」

「目の前で苦しんでる廣田を見ながら、心のどこかでホッとしてたんだ」

 そう言うと、足元に落ちている流木を蹴飛ばす。

「そんな俺に気づいて、お前はよそよそしくなったんだろ? 何か分かんねぇけど、微妙な距離感があったよな」

「あ~……、それは」

 私が水留を意識してしまって、どうしていいか分からなかったから。

「社会人になって、前のように一緒にいる時間が減ってから改めて考えたんだ。このまま、時間に流されていいのかって」

 また私に視線をうつす。じっと顔を見ながら、切なげに微笑んできた。

「大学んときは無理して時間を作って廣田の横にいたのに、今はそれすらできなくて……。これじゃあ駄目だって思った。自分の気持ちにケジメつけなきゃいけない、加藤先輩に申し訳ないって気づいたんだ」

「玲さんに?」

「ああ。守るとか支えるって言いながら、実際は放置したままだったろ。だから、自分なりにいろいろ考えた。そのきっかけ作るのに、あのバイクを買ったんだ」

 駐車場に停めてあるバイクを見る。

「自分の力で買ったバイクに、廣田を乗せて告白しようって決めたんだ。お互い、前に進むために」

「水留……」

「俺は千尋が好きだっ。お前の気持ちを聞かせてくれ」

 両肩にバンと手を置かれて、逃げられないようにホールドされた。直視される視線が、さらに私の心臓を高鳴らせる。

「友達だって思ってたのに」

「やっぱ、ダメか……」

 ガックリ首を垂れる水留に、私は笑ってしまった。

(まったく。言わなくていい自分のマイナスな部分もしっかり言うところや、風呂敷を広げて、どこからでも見てくれっていう、そんな水留が好きだよ)

「いつも傍にいたから、気がつかなかったんだよね。空気みたいな存在だったから」

「へぇ、空気だったんだ俺。軽い存在だな」

「水の中で苦しくてもがく私に、水留は空気をくれたんだよ。水留がいなかったら、今の私はいないと思う。離れてそれが、痛いほどに分かったんだ」

「は?」

「空気がないと、私は生きてけないよ」

 そう言うと、水留は恐るおそる顔をあげる。

「水留が好きだと思う。……多分?」

 恥ずかしくて顔を見ることがどうしてもできなくて、視線をあちこちに泳がせると、両肩に置かれた手に力が入り、ぎゅっと抱き締められた。

「多分ってなんだよ、はっきりしないヤツだな」

「だって、何か照れくさいんだもん」

 大きな胸の中に包まれてドキドキしながら苦情を言う私は、随分と可愛くないかもしれない。

「もっと素直になれよ、可愛くない」

「水留がもっとは」

 もっと早く告白してくれたらって、言おうと思ってたのに。荒々しく押し付けられた唇に、何も言えなくなった。

 水留らしいそんなキスに驚きつつ、嬉しくて涙が出そうになった。

「もう少し、ムードっていうのを考えないかな……」

 肩で息をしながら、つい文句を言ってしまった。嬉しいけど激しすぎる。

「しょうがないだろっ。ずっと好きだったんだから、ガマンしてたんだからさ」

 ふたたび抱き締められる行為が嬉しくて、水留の背中に腕を回した。体温が心地よい、安心できる場所だと確信する。

 目を閉じて、まったりしてる私の頭を撫でる水留。

「大事にするからな」

 今度は優しくキスをしてくれた。背中に回した手に力を入れると、それに答えてくれるように抱き締め返してくれる。

「そんな顔してると、誘ってるって見なすぞ」

「冗談が下手だよ水留」

 私がクスッと笑ったら、眉間に深いシワを寄せた。

「誰と比べてんだ?」

「誰とも比べてないよ。もともと冗談が下手なんだってば水留は」

 負けないように睨み返すと、大人びた視線が私を釘付けにする。

「そうだな、俺はいつも本気だから」

「??」

「またそんな顔して。知らねぇぞ、途中で止めないからな」

 言うやいなや、私の首筋にキスしてきた。

「ななな何言ってんの、バカっ、ん……」

 肩をすくめる私の耳元に、甘やかな吐息がかかった。

「もう迷わない、止まらないから覚悟しろよ千尋」

 言ったと思ったら、また荒々しくキスをしてくる。

 やっとはじまったばかりの恋を守りたい。そんなふたりを冷たい眼差しでじっと見つめる影がいるのを、彼は知らなかった。影――死神から水留を守ろう。今まさに、はじまったばかりの恋を守るために。
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