還魂―本当に伝えたかったこと―
***

 会社主催の宴会を急用があるからと途中で切り上げて、洸の家に急いで向かう。近づくにつれて、死神の気配がじわじわと強くなった。今日はいるらしい。

 会いに行ってみようと思ったこの間は不在で、バイクに大鎌の柄を縦にぶっ刺した状態だった。

「あのぅ、こんばんは……」

「…………」

「一応お聞きしますが、死神さんですよね?」

「…………」

「何で、このバイクにとり憑いてるんですか?」

「…………」

 目を合わせようとしないばかりか、まったく取り合ってくれる感じが伝わってこない。

「お願いがあるんです。このバイクにとり憑くのを、今すぐ止めてもらえませんか?」

「…………」

「もしもぉし、聞こえてますか?」

「うるさい人間だな」

 忌々しそうに私をちらりと睨みながら、やっと口を開いてくれた。

「やっぱり聞こえてたんだ。話が通じて良かった」

 心の中で聞こえていた声が日本語だから、多分通じるだろうと思って喋っていたけれど、見た目がどうにも外人っぽいので不安があった。

「あのお願いです、このバ――」

「俺の仕事の邪魔をするな、馬鹿な人間」

(神様だと思って下手に出てるのに、何なのコイツ!)

「ねぇアンタ達の仕事って、魂を狩りとることでしょ。私、知ってるんだから」

 誰もいないバイクに向かって怒鳴り散らしている姿は、傍から見たらかなりシュールな光景だろう。でもそんなことを気にしてられない、洸の命がかかってることだからなおさら。

「アンタ達がとり憑いた乗り物は、ことごとく悲惨な事故を起こしてる。対向車線にはみ出た車が正面衝突して即死とか、えっとこの間は橋の欄干から車を落として、行方不明者が5人も出た事故だってそうだよね? テレビのニュースで見たのよ。道路から空に向かって、黒い灰が上がるのをしっかりとね」

「人間、死の灰が見えるのか?」

 今度は、まじまじと私の顔を見る。

「よく分かんないけど、一応見える」

「俺の仕事は魂を狩ることじゃない。ただ事故を起こすだけだ」

 やっと、死神としての仕事の話をしてくれた。

「でもみんな、死んじゃってるじゃない。しかも悲惨な状態で……」

「そんなの俺の知ったことじゃない。勝手に死んでるんだから、業(ごう)の問題だろう」

 業の問題って――洸は何も悪いことをしていないのに、何で死ななきゃならないの? そんなのイヤだよ。

「人間、生きるためにお前も仕事をしているのなら分かるな。俺の仕事に口を出すな、命令だ」

「好きな男の命がかかってるんだから、横からガッツリ口を出すに決まってるでしょ!」

 死神に向かって、びしっと指を差した瞬間だった。

「おい、そんなトコで何してるんだ?」

 声がしたほうに振り返ったら、人差し指にプニッとした感触が伝わってきた。

「あっ洸、お帰りなさい……」

 このタイミングで自宅に帰ってきた洸を見ながら、顔を引きつらせるしかない。指先がどうなっているか、想像するのが恐ろしいくらいだ。

「お前バイクに指を差して、どうしたんだよ?」

「えっと、これは何て言うか――」

 恐るおそる横目で見ると、死神の左頬に思いっきり指先がめり込んでいた。

「ひっ! ごっごめんなさい……」

「バイクに謝って、何がどうしたんだ?」

 洸は不思議そうにしてるし、死神はこれでもかと言わんばかりに私を睨んできた。その視線に恐れをなし、急いで手を引っ込める。

(さ、触っちゃったよ死神を。きっと祟られるかもしれない!)

 触れてしまった人差し指を左手で握り締めていると、洸が私の頭を撫でてきた。

「何だかよく分からないけど、せっかく来たんだからあがっていけよ。久しぶりに話がしたいしさ」

 撫でていた手を私の頬に移動させて、慈しむように触れる。

 手のひらのあたたかさを感じて鼓動が高鳴った瞬間、バイクから金属音がした。まるで石でもぶつけられたような音だった。

「おかしいな? 何もないのに変な音がしたぞ」

 慌ててバイクをチェックする洸。

 私の目に飛び込んできたのはシートに大鎌の柄が刺された状態のバイクで、そこには死神の姿はなかった。
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