還魂―本当に伝えたかったこと―
***

 洸の家に入るのは2週間ぶりだった。休みはずっと、調べ物に明け暮れていたから。

 前回来たときは海からの帰りで、今まで募らせていた想いをお互いぶつけるように、一晩中抱き合ってしまった。告白されてから間をおかずの行為に、多少なりとも戸惑いがなかったと言えば嘘になる。

 そんな気持ちを吹き飛ばしてしまったのは、ひとえに洸から何度も告げられる『愛してる』って言葉だった。

 座るように促されたところで、ぼんやりと前回の逢瀬を考えながら赤面していると、スーツから普段着に着替えた洸が私の胸元に飛び込んできた。

「あ~疲れた、落ち着く……」

 玲さんと違って、甘え上手な洸の体を抱き締めてあげる。やっぱりお子様だなぁ。

「なぁ休みは何してたんだ? 忙しいから会えないって言ってたけど」

 バイクに憑りついていた死神について、あれこれ研究してましたとは、どうしても言えない。

「会社で重要な書類を任されちゃって、調べ物に明け暮れてた。そういう洸は、何してたの?」

「バイクでそこらへんをブラブラしたり、洗車したり……。こっそり、お前んちにも行った」

「洸ってば。寄ったなら、ピンポンすれば良かったのに」

 洸の髪を撫でながら言うと、ちょっとだけ顔を赤くする。

「忙しいのに邪魔しちゃ悪いと思って、これでも遠慮したんだぞ。我慢しまくったんだからな」

「でもやってることは、ストーカーと同じじゃない?」

 そう言ってからかうと、右手を伸ばして私のホッペをつねってきた。

「彼氏に対して、何てことを言うんだ。可愛くない彼女だな」

「痛いっ、ゴメンゴメン。私も洸に会いたかったよ。すっごく」

 改めて体を抱き締める。

「なぁ一緒に風呂、入らね?」

 唐突な話題転換に、眉根を寄せるしかなかった。

「なな何で?」

 妙に声が上ずる私の胸元に顔を埋めながら、洸はうんと嫌そうな顔をして苦情を言う。

「千尋……焼肉くさい。かなり匂うから」

「さっきまで、職場の宴会に出てたから。そこが焼肉屋だったせいだね……」

 しんみり言うと、立ち上がってクローゼットを開ける。

「これ、やるよ」

 ポンと私に向かって、投げつけられた大きな包み。

 洸って何かを突然プレゼントしてくれることが多いなぁと思いながら開けてみると、薄紫色のお洒落なワンピースが入っていた。

「これ、どうしたの?」

「たまたま服屋の前を通りかかったら、目に入ってさ……。お前に似合いそうだと思ったから」

 なぜか目を合わせないように、視線を彷徨わせる洸。さっきよりも顔が赤い。

「サイズ、よく分かったね」

「ん……店員に聞かれて困った。身ぶり手振りで、何とか切り抜けた」

 店員さん、かなり困っただろうな。変な男が乱入してきたと思ったら、アレをくれ。サイズ分かんねぇじゃあねぇ……。

 一生懸命にサイズを説明している洸を想像して、思わず大笑いしてしまった。

「そこ、笑うトコじゃないだろっ」

 優しすぎる洸に、ほろりと涙が浮かんでしまう。

 そんな洸を守りたい。強くそう思ってしまったよ――死神にお願いしても駄目だったけど、まだ切り札は残っている。ダメ元かもしれないけど試してみよう。

 死神に、私の命と引き替えにすることを――。

「今、風呂のお湯ためてるから。おいおい、何て顔してるんだよ。そんなに俺と風呂に入るのが嫌なのか?」

「だって洸がいろいろよくしてくれるから。感動しちゃった……」

 私が言うと風呂場の傍の壁に寄りかかり、腕を組んで天井を見る。

「今までやりたかったことをしてるだけだ。きっとそのうちにでも、ネタは尽きる」

 苦笑いしながら言う。

「洸は私に、何かして欲しいことはある?」

「そうだな。とりあえず隣で笑ってろ」

 小さく笑いながら傍にやって来て、ぎゅっと体を抱き締めてきた。そんな洸の体に腕を回す。

「こんなラブチックな展開なのに、すべて焼き肉臭が台無しにするよな」

 私の髪の匂いを嗅ぎながら、うんざりした顔をする。

「ゴメン……」

「しょうがない。風呂に入ってさっぱりしたら、それ着て晩飯でも食いに行こうな?」

 視線を床に置かれたワンピースにを見てから、私の手を引いて風呂場に向かう。

 繋がれた手の温もりに、じんわりと幸せを感じてしまった。

 洸、ありがとね。
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