還魂―本当に伝えたかったこと―
「水留さんのバイクだ、お迎えが来て良かった良かった」
嬉しそうに微笑んで、私の肩をポンポン叩く。
「これからはしっかり褒めて褒めて持ち上げていかないと、姉ちゃん捨てられるから」
「肝に銘じます。ありがとね」
お礼を言った私の体を、強引に部屋の外に押し出す。
「早く行ってあげなよ、頑張って姉ちゃん」
妹の言葉に勇気を貰って急いで玄関に行くと、母と話をしてる洸がいた。あれ以来会ってなかったので、目が合った途端にお互いちょっとギクシャクする。
「これからちょっとそこまで、ツーリングに行きたいそうよ。行ってらっしゃい」
空気を読んでくれた母が、助け船を出してくれた。
「はい姉ちゃん、ヘルメット」
わざわざ部屋から気を利かせて、ヘルメット持参してくれた妹。ふたりに見送られて、ちょっとそこまで出かけることになった。
「何か千尋ん家の人に、気を遣わせたみたいだな」
告白したときに連れて行ってくれた、思い出深い海岸に来ていた。
「そうだね……。あれこれと」
洸の隣で俯きながら、やっと口を開いた。話しかけるきっかけを作ってくれたとはいえ、そこからどうやって謝っていいか言葉がなかなか出てこない。
「あのっ」
ふたり同時に、なぜだか同じ台詞を言った。見つめ合った後、どちらともなく、吹き出すように笑い出した。
思いっきり声を出して笑ってから、洸にぎゅっと抱きついてみた。
「会えなくて……ずっと寂しかった」
一番言いたかった言葉を、素直に告げる。それを聞いて洸は、力を入れて抱き締め返してくれた。
「俺が弱いばかりに……。寂しい思いさせてゴメン」
その台詞に、頭を左右に振った。
「千尋にキツいことを言ってゴメン。お前は全然、悪くないのにさ」
「そんなことないよ。私だって洸の気持ちを、全然分かってあげられなくて……。随分、酷い彼女だったと思う」
妹に言われるまで、気がつかなかった。玲さんに負けないように頑張っていた洸のことを――。
洸は泣きそうになってる私に、キスをする。洸らしい荒っぽい口づけに、思わず顔を背けてしまった。
「どうして逃げるんだ?」
「激しすぎて、息が苦しいから」
息も絶え絶えやっと答えると自分の顎に手をあてて、少し考える仕草をする。
「じゃあ、これは?」
フッと微笑んだと思ったら、優しくてしっとりしたキスをした。
(これは? と言われても、何て答えていいのか分からないよ)
眉根を寄せて肩を竦めたら、やっと解放される唇。その後に、じっと顔を見つめてくる。
「何でそんな風に、戸惑った顔してんだ?」
「だっていつも、こんな感じのしないから。戸惑いもあるけど、別なモノもいろいろあって……」
「別なモノって何だ?」
なぜか突っ込んで聞いてくる洸に、困り果てるしかない。
今日はいつもとどこか違う。抱き締められたままなので体は逃げようもない状態だった。困り果てて俯くと、右手で顔を持ち上げられた。
「俺には、言えないモノなのか?」
洸の容赦ない質問を聞き、ここは素直に答えた方が良さそうだと判断した。多分、褒めることにも直結するかもしれないな。
「洸のキスが、気持ち良くて感じるから……。恥ずかしくて、それを知られたくなくて戸惑ってる。それだけだよっ」
頬に熱を感じながら、まくし立てるように言った。そんな私をきょとんとした顔で見つめて、更にぎゅっと抱き締める。
「何だ……。そうだったんだ」
どこか安心したみたいに、耳元で呟いた。
「何か納得してる?」
「ん……。俺がひとりで誤解してたんだって分かった」
抱き締められていた体が、パッと解放された。
「やっぱ、友達と恋人って違うんだな。今回、思い知らされた」
「友達と恋人の違い?」
洸の言葉で不思議そうに首をかしげると、腕を組んで説明する。
「なんかさ、ただ傍にいるだけじゃダメなんだなって。きちんと向き合って、話し合わないと。友達のときはおざなりで良かったことが、恋人だとダメなんだよ。変な誤解を招くから」
「変な誤解?」
「今回は加藤先輩と比較されてるんじゃないかって、俺が勝手に思ってた」
「それは私の態度がそうさせたんであって、洸が悪いんじゃないよ」
「だから確認したんだ。まずキスについて」
「あ……」
私にとっては些細なことなのに、それを見逃さない洸。……ということは、他にもたくさんあるのでは――?
内心ショックを受けていると、洸が優しく微笑みかける。
「加藤先輩に比べて、俺は全然ダメな男かもしれないけど」
「そんなことないってば。洸は洸なりの良さが、たくさんあるよ」
必死に訴える私よりも、しっかりといろんなことを考えてるのかな。
「じゃあ、俺の良さって何だ?」
「…………」
「オマエってば、難しい顔して考えないと出てこないのかよ」
今までたくさん傷つけてしまったから、褒め言葉を選んでしまう。変なことを言って、誤解されたら困るから尚更。
「うんとね……」
一生懸命に考え込んで気がついた。時折洸の良いところを見つけているのにそれを伝えず、心の中でただ思っていただけだった。
「そうか、これなんだ」
「千尋、急にどうした?」
「さっき洸が言ってた台詞を、やっと理解したの。きちんと伝えなきゃっていうのが、改めて分かった。好きっていう気持ち以外に、いろんなことを伝えないとすれ違っちゃうよね」
今はっきり分かるなんて情けない。だけどこれからは、きちんと伝えることができる。
「洸の良いところはね、心の内側を全部を見せてくれること。私はヘタレだから、そういうのがなかなかできないし。あとはさっきの、荒っぽいキスも好きだよ。洸らしくて……」
素直な気持ちを伝えるのが恥ずかしくなり、後ろを向いてしまった。
「オマエ、激しいの好きだもんな」
「なっ……」
多分口元でニヤリと笑ってるであろう、洸の姿が想像ついた。振り返って反論しようとしたら、唐突なキスで口を塞がれる。
「まだまだ聞きたいことがある、押し倒すぞ」
意味深に笑う洸に、慌てるしかない。
「なっ、押し倒すってここで!?」
洸の腕を振り解いて後退りする私に、楽しそうにじりじりと近づいてくる。
「聞きたいことが山ほどあるんだ、覚悟しろ!」
笑いながら近づき抱きしめてくる恋人に、簡単に捕まってしまった。大好きな洸を拒むなんて、できないに決まってる。
「…………」
「プッ、本気にした?」
してやったりな顔して見下してくる視線に、なんとも言えない違和感を覚えた。
一気にいろんなことがありすぎて声を出せずにいると、さも可笑しそうに大きな声で笑い出す。
「これからは我慢しないで、どんどんいじってやろ」
「へっ!?」
「恋人同士だから、そういうことをしたら雰囲気が崩れるかなって思って、あえて自粛してたんだ。でもこれからはじゃんじゃん千尋を構い倒す。それが俺らしいと気がついた」
そういえば大学時代はからかわれるのが、日課になっていたな。だけど付き合うようになってからは、ムードが漂う場所でイチャイチャしたり、洸の家でも一切からかわれた記憶がない。
そうか、我慢していたんだ。
「洸って、今まで頑張っていたんだね。私、全然気がつかなくて」
「俺自身も加藤先輩を意識しすぎて、結局自爆したからな。これからは千尋を俺色に染めてやるから、楽しみにしろよ」
そう言って、オデコにデコピンする。
俺色に染めてやるって、もう染まっているけどね。ってコレは、言った方が良さげなのかな?
「加藤先輩擬きじゃない、俺色新色! 染まる自信はあるか?」
覗き込む視線にドキッとした。俺色新色って洸の色は、きっと原色系なんだろうな。
「染める自信、あるんだ?」
「勿論! 染めてやるよ」
自信満々に答える口調に、思わず笑ってしまった。
「そういえば、あと聞きたかったことがあった」
「なぁに?」
「あのバイクには、本当に死神が憑いてるのか?」
少し離れた場所にある駐車場を、二人で一緒に見た。
バイクの横で突っ立ってるシルバーは、いつものしかめっ面をしている。しかめっ面ということは、余計なことを言うなという意思表示かな。
こんなときくらい、お得意の心の中に話しかける芸当をやってくれたらいいのに。
「洸ゴメン、実は嘘なんだ。バイクの技術が不安だからとか、そういうことじゃなく、ただ私が勝手に洸がいなくなったらって考えて、心配になりすぎちゃったんだよね」
嘘も方便、嘘つきは泥棒のはじまり……嘘はつらいよ。
「千尋は加藤先輩が亡くなったことで、かなりやられてたからな、しょうがないさ。少しでも不安要素があるなら、取り除きたいっていう気持ちは分かるから」
洸の体に抱き締められながら、話を聞いてると安心できた。胸の鼓動が少しだけ早いね。
嬉しそうに微笑んで、私の肩をポンポン叩く。
「これからはしっかり褒めて褒めて持ち上げていかないと、姉ちゃん捨てられるから」
「肝に銘じます。ありがとね」
お礼を言った私の体を、強引に部屋の外に押し出す。
「早く行ってあげなよ、頑張って姉ちゃん」
妹の言葉に勇気を貰って急いで玄関に行くと、母と話をしてる洸がいた。あれ以来会ってなかったので、目が合った途端にお互いちょっとギクシャクする。
「これからちょっとそこまで、ツーリングに行きたいそうよ。行ってらっしゃい」
空気を読んでくれた母が、助け船を出してくれた。
「はい姉ちゃん、ヘルメット」
わざわざ部屋から気を利かせて、ヘルメット持参してくれた妹。ふたりに見送られて、ちょっとそこまで出かけることになった。
「何か千尋ん家の人に、気を遣わせたみたいだな」
告白したときに連れて行ってくれた、思い出深い海岸に来ていた。
「そうだね……。あれこれと」
洸の隣で俯きながら、やっと口を開いた。話しかけるきっかけを作ってくれたとはいえ、そこからどうやって謝っていいか言葉がなかなか出てこない。
「あのっ」
ふたり同時に、なぜだか同じ台詞を言った。見つめ合った後、どちらともなく、吹き出すように笑い出した。
思いっきり声を出して笑ってから、洸にぎゅっと抱きついてみた。
「会えなくて……ずっと寂しかった」
一番言いたかった言葉を、素直に告げる。それを聞いて洸は、力を入れて抱き締め返してくれた。
「俺が弱いばかりに……。寂しい思いさせてゴメン」
その台詞に、頭を左右に振った。
「千尋にキツいことを言ってゴメン。お前は全然、悪くないのにさ」
「そんなことないよ。私だって洸の気持ちを、全然分かってあげられなくて……。随分、酷い彼女だったと思う」
妹に言われるまで、気がつかなかった。玲さんに負けないように頑張っていた洸のことを――。
洸は泣きそうになってる私に、キスをする。洸らしい荒っぽい口づけに、思わず顔を背けてしまった。
「どうして逃げるんだ?」
「激しすぎて、息が苦しいから」
息も絶え絶えやっと答えると自分の顎に手をあてて、少し考える仕草をする。
「じゃあ、これは?」
フッと微笑んだと思ったら、優しくてしっとりしたキスをした。
(これは? と言われても、何て答えていいのか分からないよ)
眉根を寄せて肩を竦めたら、やっと解放される唇。その後に、じっと顔を見つめてくる。
「何でそんな風に、戸惑った顔してんだ?」
「だっていつも、こんな感じのしないから。戸惑いもあるけど、別なモノもいろいろあって……」
「別なモノって何だ?」
なぜか突っ込んで聞いてくる洸に、困り果てるしかない。
今日はいつもとどこか違う。抱き締められたままなので体は逃げようもない状態だった。困り果てて俯くと、右手で顔を持ち上げられた。
「俺には、言えないモノなのか?」
洸の容赦ない質問を聞き、ここは素直に答えた方が良さそうだと判断した。多分、褒めることにも直結するかもしれないな。
「洸のキスが、気持ち良くて感じるから……。恥ずかしくて、それを知られたくなくて戸惑ってる。それだけだよっ」
頬に熱を感じながら、まくし立てるように言った。そんな私をきょとんとした顔で見つめて、更にぎゅっと抱き締める。
「何だ……。そうだったんだ」
どこか安心したみたいに、耳元で呟いた。
「何か納得してる?」
「ん……。俺がひとりで誤解してたんだって分かった」
抱き締められていた体が、パッと解放された。
「やっぱ、友達と恋人って違うんだな。今回、思い知らされた」
「友達と恋人の違い?」
洸の言葉で不思議そうに首をかしげると、腕を組んで説明する。
「なんかさ、ただ傍にいるだけじゃダメなんだなって。きちんと向き合って、話し合わないと。友達のときはおざなりで良かったことが、恋人だとダメなんだよ。変な誤解を招くから」
「変な誤解?」
「今回は加藤先輩と比較されてるんじゃないかって、俺が勝手に思ってた」
「それは私の態度がそうさせたんであって、洸が悪いんじゃないよ」
「だから確認したんだ。まずキスについて」
「あ……」
私にとっては些細なことなのに、それを見逃さない洸。……ということは、他にもたくさんあるのでは――?
内心ショックを受けていると、洸が優しく微笑みかける。
「加藤先輩に比べて、俺は全然ダメな男かもしれないけど」
「そんなことないってば。洸は洸なりの良さが、たくさんあるよ」
必死に訴える私よりも、しっかりといろんなことを考えてるのかな。
「じゃあ、俺の良さって何だ?」
「…………」
「オマエってば、難しい顔して考えないと出てこないのかよ」
今までたくさん傷つけてしまったから、褒め言葉を選んでしまう。変なことを言って、誤解されたら困るから尚更。
「うんとね……」
一生懸命に考え込んで気がついた。時折洸の良いところを見つけているのにそれを伝えず、心の中でただ思っていただけだった。
「そうか、これなんだ」
「千尋、急にどうした?」
「さっき洸が言ってた台詞を、やっと理解したの。きちんと伝えなきゃっていうのが、改めて分かった。好きっていう気持ち以外に、いろんなことを伝えないとすれ違っちゃうよね」
今はっきり分かるなんて情けない。だけどこれからは、きちんと伝えることができる。
「洸の良いところはね、心の内側を全部を見せてくれること。私はヘタレだから、そういうのがなかなかできないし。あとはさっきの、荒っぽいキスも好きだよ。洸らしくて……」
素直な気持ちを伝えるのが恥ずかしくなり、後ろを向いてしまった。
「オマエ、激しいの好きだもんな」
「なっ……」
多分口元でニヤリと笑ってるであろう、洸の姿が想像ついた。振り返って反論しようとしたら、唐突なキスで口を塞がれる。
「まだまだ聞きたいことがある、押し倒すぞ」
意味深に笑う洸に、慌てるしかない。
「なっ、押し倒すってここで!?」
洸の腕を振り解いて後退りする私に、楽しそうにじりじりと近づいてくる。
「聞きたいことが山ほどあるんだ、覚悟しろ!」
笑いながら近づき抱きしめてくる恋人に、簡単に捕まってしまった。大好きな洸を拒むなんて、できないに決まってる。
「…………」
「プッ、本気にした?」
してやったりな顔して見下してくる視線に、なんとも言えない違和感を覚えた。
一気にいろんなことがありすぎて声を出せずにいると、さも可笑しそうに大きな声で笑い出す。
「これからは我慢しないで、どんどんいじってやろ」
「へっ!?」
「恋人同士だから、そういうことをしたら雰囲気が崩れるかなって思って、あえて自粛してたんだ。でもこれからはじゃんじゃん千尋を構い倒す。それが俺らしいと気がついた」
そういえば大学時代はからかわれるのが、日課になっていたな。だけど付き合うようになってからは、ムードが漂う場所でイチャイチャしたり、洸の家でも一切からかわれた記憶がない。
そうか、我慢していたんだ。
「洸って、今まで頑張っていたんだね。私、全然気がつかなくて」
「俺自身も加藤先輩を意識しすぎて、結局自爆したからな。これからは千尋を俺色に染めてやるから、楽しみにしろよ」
そう言って、オデコにデコピンする。
俺色に染めてやるって、もう染まっているけどね。ってコレは、言った方が良さげなのかな?
「加藤先輩擬きじゃない、俺色新色! 染まる自信はあるか?」
覗き込む視線にドキッとした。俺色新色って洸の色は、きっと原色系なんだろうな。
「染める自信、あるんだ?」
「勿論! 染めてやるよ」
自信満々に答える口調に、思わず笑ってしまった。
「そういえば、あと聞きたかったことがあった」
「なぁに?」
「あのバイクには、本当に死神が憑いてるのか?」
少し離れた場所にある駐車場を、二人で一緒に見た。
バイクの横で突っ立ってるシルバーは、いつものしかめっ面をしている。しかめっ面ということは、余計なことを言うなという意思表示かな。
こんなときくらい、お得意の心の中に話しかける芸当をやってくれたらいいのに。
「洸ゴメン、実は嘘なんだ。バイクの技術が不安だからとか、そういうことじゃなく、ただ私が勝手に洸がいなくなったらって考えて、心配になりすぎちゃったんだよね」
嘘も方便、嘘つきは泥棒のはじまり……嘘はつらいよ。
「千尋は加藤先輩が亡くなったことで、かなりやられてたからな、しょうがないさ。少しでも不安要素があるなら、取り除きたいっていう気持ちは分かるから」
洸の体に抱き締められながら、話を聞いてると安心できた。胸の鼓動が少しだけ早いね。