還魂―本当に伝えたかったこと―
***

 バイクの事故なんだから、凄い怪我してるかもしれないよね。でも大丈夫、シルバーが傍にいたんだから。

 病院に向かう道中、不安な思いに駆られてしまった。そんな、いろんなことを考えているうちに病院に到着した。病院の入り口前に、いつものしかめっ面でシルバーが立っているのが目に留まる。

「シルバー、洸は……洸は大丈夫?」

 息も絶え絶え、呼吸するのがやっとの私を見下ろす。

「フン! 人間の分際で死神の仕事にケチをつけるとは無礼極まりない、百年早いぞ」

 不安に押し潰されそうな気持を抱えて顔をあげると、不機嫌を顔に描いたシルバーはさっさと中に入ってしまった。慌てて後をついて行くと(処置室)と書かれた扉の前で立ち止まる。

「会うのが怖いよ……」

 心臓が早鐘のようにバクバクと鳴っている。どうしよう……ここで亡くなった玲さんに会っている。冷たくて動かなかった玲さん。それを思い出すだけで、苦しくて堪らない。

「選ばれし人間の力を信じろ」

 呆れた声で言い放ち、大鎌の柄で頭をたたいてきた。でもたたかれたけど痛さを感じないくらい、体中で緊張していた。

 震える手でゆっくり扉を開けると、中から声が聞こえてくる。

「うっ、痛ぇっ!」

「ぁ、あきらっ!」

 勢いよく扉を開け放ち、目の前にあるカーテンをシャッとめくった。

「千尋……」

 目が合った途端に、バツの悪い顔をする洸。ちょうど看護師さんに、傷の手当てをしてもらっている最中だった。

「良かった、無事で……」

 ほっと胸を撫で下ろし、その場にへたり込んでしまった。見るからにかすり傷で終わっている姿は、バイクの事故にしては奇跡的な感じ。

 へたり込む私の横で、それ見たことかと得意げにシルバーがたたずんだ。

「ゴメン、心配させちまって。カーブでドジった……」

「その割りには、怪我はたいしたことがないよね」

「ああ。今日は雨が降るって天気予報をチェックしていたからカッパをリュックに入れてたし、他にも無駄にいろいろ詰め込んだせいで、それがクッションになったのかもしれない」

「どこに行こうとしてたの?」

 洸の意外な元気な姿に心の底から安心して、やっと立ち上がった。

「ちょっとそこまで……」

 またいつもの台詞。歯切れの悪い返事をするということは、隠し事なのかな。

 横にいるシルバーを見ると、あらぬ方向を見ている。何なの、ふたりそろって。

「へぇ、可愛い女の子を捜しに、ちょっとそこまで旅に出てたのね。あわよくば、1泊しちゃうみたいな装備だし?」

 ベッドの脇に置かれているリュックに目をやる。手当てしている看護師さんが、苦笑いを浮かべた。

「違っ、荷物はもしかしたら山で遭難するかもしれないからって、いろいろ詰め込んだ物で、決して変なところには行ってません。誓うっ!」

「山に行ってたのね。ふぅん」

 胸の前に腕を組みながら言うと、しまったと呟きながら左手で口を押さえる。

『その辺にしてやれ。一応ヤツは怪我人なんだから』

 シルバーが心に話しかけてきた。

 何で隠そうとするんだろう? 事故まで起こしてるのに……ふたりだけが分かっていて、私だけ除け者みたいに感じる。

「そんな顔するなよ。来月の誕生日に連れて行こうと、下調べをしていただけなんだからさ」

「洸……?」

「その帰り道に、まさか事故るとは予想外だったけどな」

 参ったと肩をすくめる。

 誕生日、下調べ――もしかして星がよく見えそうな場所を探していたんじゃ……

 導き出された答えに、胸がキュンとした。

「でも言った通りだろ。俺は死なないって」

「うん。だけど心配したんだからね」

 洸が事故ることが分かっていても、心臓が潰れると思った。

 私が洸の左手を強く握りしめてあげたら、看護師さんは手当てを終えて病室を出て行った。

「俺、小さい頃に事故ってるんだ。親父が運転してた車が、崖から落ちる大事故でさ」

「崖から落ちたのに、洸は助かったの?」

 確かその事故は、シルバーが助けたんだよね。

「不思議な話なんだけど俺は道路に放り出されたみたいで、そこでワンワン泣いてたらしい。そこでだ!」

「うん?」

「俺はきっと、ツイてるんじゃないかと思うんだ。現在こうして、千尋と付き合っているんだし」

 実際は死神が憑いてたんだよ、とは言えない。この話を聞いているであろう、背後にいるシルバーの顔を確認できないのが残念かもな。

「ツイてる上に、加藤先輩が守ってくれたような気がするんだ」

「うん、玲さんが守ってくれたんだね。きっと、そうだよ」

 温かい洸の手を自ら感じることができてうれしい。生きていて良かったって心の底から思うよ。

「こんなにピンピンしてるけど頭も打ってるから、とりあえず2~3日は入院だって」

「そっか、大事にしないとね。毎日お見舞いに顔を出すから」

 握っている左手を逆に握り締められ、手の甲にキスされた。

「仕事が大変なのに悪いな……」

「大丈夫だよ。それより着替えとか必要な物、持ってきてあげるから、鍵貸してくれる?」

「ああ、その鞄に入ってるの取って。それで合鍵作れよ」

 しゃがんで鞄をあさってる私に、突然の提案をしてきた。

「ホントは来月あげようと、考えてたんだけどな……」

(洸ってば、誕生日プレゼントに合鍵って何を考えてるの)

「鍵って、これ?」

 やっと見つけ出した鍵を見せる。多分私、赤い顔してる。ホントに洸は、サプライズ好きなんだな。

「それそれ。合鍵作ったら好きな時に入っていいから。ついでに掃除洗濯ヨロシク!」

「私は、家政婦ですか」

「ついでに俺もヤバいことができなくなるという、オマケ付き」

「ヤバいことって、なぁに?」

 薄ら笑いを浮かべながら、覗き込んで聞いてみたら、うっと顎を引く洸。

「ご想像にお任せします……。着替えを取りに行ったときに、あちこち触るなよ。危険物があるかもしれないから」

「ププッ、何か面白そう。アブノーマルなモノがあったりして」

 カラカラ笑ってみせると、洸はすごく困った顔をした。

「自分に何かあったときに、家族やら恋人が入って大丈夫な部屋にしておかないとヤバいって、すげぇ分かった……」

「じゃこれから行って、チェックしてきます!」

 後悔しまくりの洸に敬礼して、病室をあとにした。まぁ実際は、触るつもりないけどね。

 足取りが軽い私のあとを、シルバーがついて来る。

「俺の仕事ぶりはどうだ?」

 病院から出たら、自慢するように話しかけてきた。

「その仕事をしたお蔭で、自分の身を案じなきゃいけないことが分かっているかしら?」

 頭上から女の人の声がしたので空を見上げるとあの赤髪の死神が大鎌に腰かけ、腕を組んで私たちを見下していた。

「シルバー、どういうこと?」

 横にいる、シルバーの顔を見上げながら訊ねてみた。そんな私に目を合わせず、いつもの仏頂面で頭上にいる赤髪の死神を見つめる。

「……呼び出しですね」

 私の質問を無視して、どこかに行こうとしているのが直ぐに分かった。逃げないように、慌ててシルバーの黒い服を掴んだ。

「呼び出しって何? 教えてよ」

「キサマは、体の調子はどうなんだ?」

 相変わらず私からの質問をスルーして、まったく関係ないことを聞いてくる。

「弱そうに見えて、意外と頑丈なの。まったく問題なし。それよりも――」

「人間ごときに、心配される覚えはない」

 掴んでいた私の手を無理やり外して、赤髪の死神の方に向かってフワッと飛んで行く。

「シルバー……」

 心配して見上げたら、赤髪の死神が投げキッスをしてきた。

「判決が出たら、アナタのもとに向かわせるわ。だから……」

 言い終わらない内に、なぜだかパッと姿が消える。

(だから何だって言うの? 判決って……)

「シルバーもしかして、やってはいけないことをしたんじゃないでしょうね」

 事故は起こしたけど洸は死ななかった。それが問題になったんじゃないの? どうしよう、私のせいだ。私がワガママ言わなければ、こんなことにはならなかった。

 洸の家の鍵を、ぎゅっと握り締める。胸が締め付けられるように、キリキリ痛んだ。
< 27 / 34 >

この作品をシェア

pagetop