還魂―本当に伝えたかったこと―
***

 二人きりで帰るのはいつ以来だろうか。廣田と加藤先輩が付き合う前は時々、一緒に帰っていたっけ。

「バイト、無理に休ませてごめんね」

「いや、いいんだ。ここんとこ無理してバイトに出ていたからさ。何かしてないと、落ち込んじまうから……」

 そっと隣にいる廣田を見た。腫れぼったい瞼が、すごく痛々しい状態だった。

「お前の方こそ、大丈夫なのか?」

 明らかにやつれているし、少し痩せたよな。

「水留までやめてよね、腫れ物に触るみたいな扱い。余計に辛くなる」

 小さい声でぽつりと呟き眉根を寄せて苦情を言う廣田に、睨みを利かせて対抗した。

「辛いのは、お前ばかりじゃないんだからな。俺だって辛いんだ。目標にしてた加藤先輩が、目の前から急にいなくなっちまったんだから」

「ごめん水留。アンタの前だと、つい憎まれ口を叩いちゃって。こんなときだからこそ、自重しなきゃいけないのにね」

 胸の前で両手を握り締める頼りなさげな廣田の姿に、思わず抱き締めたい衝動にかられたが、その気持ちを心の隅っこに無理矢理仕舞い込んだ。

「まったくしょうがないヤツだな。愛のキューピッドである俺に対して、憎まれ口を叩くなんてさ」

「そうだった。水留がいなかったら玲さんとは、出会うことがなかったんだよね」

 俺に優しく微笑むその笑顔に、胸がきゅっとしなった。

「だからこそ、俺の前では無理すんなよ。ほらそこのベンチで、加藤先輩の話をじっくり聞いてやるから」

 いつもの公園に差し掛かったので、笑いながら誘ってみた。

 俺の笑顔を見て廣田が小さく頷いたのを機に、ふたりしてベンチに座り込み、加藤先輩の話をあれこれする。想い出話から世間話と、まったくネタが尽きることがなく話し続けた。

「でねっ、玲さんが次期部長は水留がいいって言ってたんだよ」

「マジかよそれ、買い被りすぎだって」

 どこか嬉しそうに口を開く廣田を見つめつつ、どこかホッとしている自分がいる。加藤先輩がいなくなったお蔭で、また一緒にいられることを内心喜び、反対にそういう卑しい考えに煩わしさを覚えた。

 俺は何てイヤな人間なんだろう……。

 廣田の話に耳を傾けながら、膝に置いてる両手をぎゅっと握り締める。

「そういえば前もここで喋ってたときに、一番星を見たよね」

「ああ……。そんなこともあったな」

 あのときは、廣田が加藤先輩に告白されたっていう話をしたっけ。

「あの星、まるで玲さんみたい。遠くにあって手が届かないけど、光り輝いてるトコが」

 その言葉はなぜだか俺の胸に突き刺さるように聞こえてきた。加藤先輩は廣田の心の中で、ずっと光り輝くんだろうな。死者には、永遠に勝つことなんてできないだろう。

「今日は、ホントにありがとうね……。いつも水留に甘えてばかりで」

 長い睫毛が影を落として途端に暗くなる廣田の頭を、優しく撫でてみた。

「しょうがないヤツだな」

「何かいつもと逆だね。水留が大人に見える」

「俺は大人のつもりだったのに、廣田が子供扱いするからだろ」

 隣で照れている廣田が可愛いと思った。柔らかい髪の毛が指にまとわりつくだけで、無性にドキドキする。

 そんな俺の手を、どこか面白くなさそうな顔しながら乱暴に振り払った。

「玲さんに比べると、水留はまだまだ子供だよ」

 その言葉にかちんとしたが、ぐっと堪えた。加藤先輩と比べてほしくなかった。段違いなことくらい分かってるんだから。

 廣田は妙な雰囲気を断ち切るようにベンチから腰を上げて歩き出し、ゆっくり遠ざかる。

 無言のまま公園から歩いて行く彼女の小さい背中を見つめて、そっと溜め息をついた。

 いつまでアイツの心の中にいる、加藤先輩と比較されるのだろう。いつまで待てばいい? いつまで自分の気持ちに、蓋をしていればいいのだろうか?

「いつまで……」

 ポツリと呟いた俺の言葉に、廣田が振り返る。

「どうしたの?」

 不思議そうに、俺の顔を見つめてきた。

「いつかは俺もお前も、加藤先輩から、卒業しなけりゃならないよな。心が囚われたままじゃ前には進めない」

「卒業……」

 俺が言った言葉を繰り返す廣田。

「加藤先輩が教えてくれたバイクテクを後輩に教えていくのが、俺の使命かな」

「私は……」

 消え入りそうな声を聞きながら勢いよく立ち上がるなり、悲しそうな顔をしている廣田の右手を強引に繋いで歩き出した。

「お前が何かを見つけるまで、俺が傍で支えてやるよ」

 これも残された俺の使命だろう。生きていれば自分の気持ちなんて、いつか伝えることができる。

 そのときお前は、どうするんだろうな――。
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