還魂―本当に伝えたかったこと―
***
定例会で上手いこと、加藤先輩と意気投合できた。それがきっかけになりキャンパス内で見かけたら、気軽に声をかけてくれるようになった。
他愛もない世間話から彼女がいない情報を入手して、無駄に喜んでしまったのは内緒。
喜びをかみしめながら胸の中に雑誌を抱きしめていると、表紙を見た加藤先輩がと大きく印刷されたタイトルに指を差す。その雑誌には私が好きな星のことが載っていた。そのことを伝えると加藤先輩が星がたくさん見える場所へ、バイクで連れて行ってあげると約束してくれた。
バイクの後ろには何度か乗ったことがある。フラフラしてばかりの安定しない水留のバイク。だけど加藤先輩の後ろは、無条件に安心して乗っていられた。
広い背中を見ながら細いウエストに両腕を回すのは、かなりドキドキものだった。ヘルメットがあって良かった、きっと顔が真っ赤だったと思う。
小1時間ほど走り、山の中にバイクを停めた。バイクのライトを消すと、木々に囲まれた周りが一気に真っ暗になり、すごく不安になった。だけど傍にいる加藤先輩が私の手を繋いで、どこかに引っ張って行く。
繋がれた手の温もりにドキドキしながらついて行くと、突如開けた場所に着いた。目の前には大空いっぱいの星。
街明かりがまったくないので、今まで見たことのない細かい星も確認出来る風景に、一気にテンションが上がってしまう。
「すごいですっ! こんなにたくさんの星、見たことがな――」
興奮して言った途端に、突然抱き締められた体。予想外の展開に言葉が奪われる。
「廣田さんが喜んでる姿を見れて、俺も嬉しい」
私の頭上で、加藤先輩の声がした。
(どっ、どうしよう、心臓が口から出そうだよ)
「俺の運転、怖くなかった?」
コクンと頷くのが精一杯な状態だった。ドキドキし過ぎて、相変わらず言葉が出せない。
「洸と仲がいいけど、ホントに何でもないの?」
仲がいいのは間違いないけど、それは友情でしかない。
さっきと同じように、コクンと頷く。
「初めて会ったときから、その何だ。気になったんだよね、良かったら付き合ってくれないか?」
私の体に回していた腕を解き、背を屈めて私の視線に合わせて、告白してくれた加藤先輩。
涼しげな眼差しで直視されたせいで、きっと顔が真っ赤だったと思う。頬が熱い。周りが暗くて良かった――。
知り合って間もない上に、あまり加藤先輩のことを知らないという不安があったから、私も加藤先輩が好きですとは口に出せなかった。
俯くと頭に乗せられた温かい手。ドキドキしてるのに、なぜか安心できるから不思議だった。
「急にゴメンな、ビックリしたろ」
撫でられた頭をあげると優しい瞳をした、加藤先輩の視線とぶつかる。
「これが俺の気持ちだからさ。考えてみてほしいんだ」
「はい……」
今の私は、これを言うのがやっとだった。
「あ~、だけど緊張したっ」
「今ですか?」
加藤先輩は肩を竦めながら苦笑いして、首を横に振る。
「単車の運転。好きなコを後ろに乗せてるんだから、当然でしょ。フラフラしないようにするのが、精一杯だった」
「全然、気がつきませんでした」
ドキドキを何とか隠して答えると、ちょっとだけ照れたように笑う。
(好きなコなんて、さりげなくストレートに言うのがすごいかも――)
「何てたって、後ろから抱き締められる格好になるしね。役得役得!」
「加藤先輩ったら……」
私が考え込んで暗くならないように、わざと気を遣っているのかな。
「せっかく星を見に来たんだから、綺麗なのを見ようか。あっ一番星、その傍に流れ星発見。この速さじゃ、なかなか願い事ができないな」
そんな加藤先輩の隣にそっと並ぶ。私の心臓の音、聞こえませんように。
「一緒に流れ星、たくさん見つけましょうよ。そしたら願い事が、たくさん言えますよね?」
隣に並んだ私の右手を、ぎゅっと握り絞める。ドキドキが一気に加速する行為に、体がぴきんと固まってしまった。
「あのさ……俺のことを名前で呼んでみてくれない?」
「えっ!?」
「付き合ったときのための練習。ほらほら、言ってみてよ」
付き合うなんて言ってないのに練習って……何て唐突な提案なんだろう。
加藤先輩らしいストレートな発言に、照れ臭くてたまらなかった。俯いたままなかなか名前を言えないでいると、口に何かを押し込まれる。
(ん、チョコレートかな?)
じわりと程よい甘さが、舌の上からしみ込んでいく。
ビックリして目を白黒させていると、加藤先輩が笑いながら言う。
「千尋、面白い顔してる」
ああ、この人はもぅ絶対確信犯。さっきから胸が鳴りっぱなし、友達が名前を言うのと違うのは何なんだろう?
「えっと……あのぅ」
「ん?」
口の中のチョコレートは、ほんのりビターで美味しい。不思議と、さっきよりもドキドキが落ち着いた……かな。
「……玲さん、甘い物は好きなんですか?」
「ん~、苦手な方かな。だから俺のはコレ」
ウエストポーチを開けると、そこに入っていたのはなぜか柿の種だった。
「これでビールでもあったら、いうことないんだけどね。星を見ながら一杯」
エアジョッキを右手に持って、可笑しそうに目を細める。
「ビールがない代りに、千尋の笑顔を見ながら食べることにするよ」
「……玲さんって、そういうのよく言うんですね」
柿の種の小パックをバリバリ開けながら、不思議そうな顔をして私を見る。
「そういうのって……ああ。黙ったままだと伝わらないよな。今は押し時だと思ってるから、言ってるんだけど」
マイクを向けるように、私へ柿の種の袋を前に出す。おずおずと何個か摘まんだ。
「押し時なんですか……」
「洸みたいに、ただちょっかいかけてるだけじゃ、何も進展ないからね」
艶っぽい流し目で私を見ながら言う玲さんが、急に大人に見えてドギマギした。
(何でここで? 水留の名前が出てくるんだろ?)
「普段の俺はバイクの話しかしない、つまんない男だよ。今だけしか、こんなことを言わないかも……。でも」
「でも?」
私が首を傾げると顔を寄せて、わざわざ耳元で続きを告げる。
「千尋が望むなら、毎日言ってもいい」
まいにち……毎日こんなことを言われたら困る。顔が全部熱い、ドキドキが止まらないよ~。
「からかわないでください……」
「そんな顔してたら、コレみたいに食べちゃうかも」
思わず俯いて困った顔しながら言ったのに、玲さんは大人の余裕でかわす。柿の種の袋をあおるように一気食いする。何だか、頭からバリバリと食べられそうな気がした。
警戒していると、お腹を抱えて大笑いする玲さん。
「冗談だよ、ホント面白いな千尋は。それよりも、流れ星を探してくれるんだろ? 俺の願いごと、絶対に叶えてよ」
そう言って座って、星がよく見える場所に誘導してくれた。
「俺の願い事は、恋愛成就だからな」
でたよ、ストレート。さっきからバシバシ気持ちをぶつけられて、ノックダウン寸前。
この日は返事ができなかったけど水留の薦めもあったので、思いきって玲さんと付き合うことにした。楽しいキャンパスライフを、ずっと送る予定だったのに……。
定例会で上手いこと、加藤先輩と意気投合できた。それがきっかけになりキャンパス内で見かけたら、気軽に声をかけてくれるようになった。
他愛もない世間話から彼女がいない情報を入手して、無駄に喜んでしまったのは内緒。
喜びをかみしめながら胸の中に雑誌を抱きしめていると、表紙を見た加藤先輩がと大きく印刷されたタイトルに指を差す。その雑誌には私が好きな星のことが載っていた。そのことを伝えると加藤先輩が星がたくさん見える場所へ、バイクで連れて行ってあげると約束してくれた。
バイクの後ろには何度か乗ったことがある。フラフラしてばかりの安定しない水留のバイク。だけど加藤先輩の後ろは、無条件に安心して乗っていられた。
広い背中を見ながら細いウエストに両腕を回すのは、かなりドキドキものだった。ヘルメットがあって良かった、きっと顔が真っ赤だったと思う。
小1時間ほど走り、山の中にバイクを停めた。バイクのライトを消すと、木々に囲まれた周りが一気に真っ暗になり、すごく不安になった。だけど傍にいる加藤先輩が私の手を繋いで、どこかに引っ張って行く。
繋がれた手の温もりにドキドキしながらついて行くと、突如開けた場所に着いた。目の前には大空いっぱいの星。
街明かりがまったくないので、今まで見たことのない細かい星も確認出来る風景に、一気にテンションが上がってしまう。
「すごいですっ! こんなにたくさんの星、見たことがな――」
興奮して言った途端に、突然抱き締められた体。予想外の展開に言葉が奪われる。
「廣田さんが喜んでる姿を見れて、俺も嬉しい」
私の頭上で、加藤先輩の声がした。
(どっ、どうしよう、心臓が口から出そうだよ)
「俺の運転、怖くなかった?」
コクンと頷くのが精一杯な状態だった。ドキドキし過ぎて、相変わらず言葉が出せない。
「洸と仲がいいけど、ホントに何でもないの?」
仲がいいのは間違いないけど、それは友情でしかない。
さっきと同じように、コクンと頷く。
「初めて会ったときから、その何だ。気になったんだよね、良かったら付き合ってくれないか?」
私の体に回していた腕を解き、背を屈めて私の視線に合わせて、告白してくれた加藤先輩。
涼しげな眼差しで直視されたせいで、きっと顔が真っ赤だったと思う。頬が熱い。周りが暗くて良かった――。
知り合って間もない上に、あまり加藤先輩のことを知らないという不安があったから、私も加藤先輩が好きですとは口に出せなかった。
俯くと頭に乗せられた温かい手。ドキドキしてるのに、なぜか安心できるから不思議だった。
「急にゴメンな、ビックリしたろ」
撫でられた頭をあげると優しい瞳をした、加藤先輩の視線とぶつかる。
「これが俺の気持ちだからさ。考えてみてほしいんだ」
「はい……」
今の私は、これを言うのがやっとだった。
「あ~、だけど緊張したっ」
「今ですか?」
加藤先輩は肩を竦めながら苦笑いして、首を横に振る。
「単車の運転。好きなコを後ろに乗せてるんだから、当然でしょ。フラフラしないようにするのが、精一杯だった」
「全然、気がつきませんでした」
ドキドキを何とか隠して答えると、ちょっとだけ照れたように笑う。
(好きなコなんて、さりげなくストレートに言うのがすごいかも――)
「何てたって、後ろから抱き締められる格好になるしね。役得役得!」
「加藤先輩ったら……」
私が考え込んで暗くならないように、わざと気を遣っているのかな。
「せっかく星を見に来たんだから、綺麗なのを見ようか。あっ一番星、その傍に流れ星発見。この速さじゃ、なかなか願い事ができないな」
そんな加藤先輩の隣にそっと並ぶ。私の心臓の音、聞こえませんように。
「一緒に流れ星、たくさん見つけましょうよ。そしたら願い事が、たくさん言えますよね?」
隣に並んだ私の右手を、ぎゅっと握り絞める。ドキドキが一気に加速する行為に、体がぴきんと固まってしまった。
「あのさ……俺のことを名前で呼んでみてくれない?」
「えっ!?」
「付き合ったときのための練習。ほらほら、言ってみてよ」
付き合うなんて言ってないのに練習って……何て唐突な提案なんだろう。
加藤先輩らしいストレートな発言に、照れ臭くてたまらなかった。俯いたままなかなか名前を言えないでいると、口に何かを押し込まれる。
(ん、チョコレートかな?)
じわりと程よい甘さが、舌の上からしみ込んでいく。
ビックリして目を白黒させていると、加藤先輩が笑いながら言う。
「千尋、面白い顔してる」
ああ、この人はもぅ絶対確信犯。さっきから胸が鳴りっぱなし、友達が名前を言うのと違うのは何なんだろう?
「えっと……あのぅ」
「ん?」
口の中のチョコレートは、ほんのりビターで美味しい。不思議と、さっきよりもドキドキが落ち着いた……かな。
「……玲さん、甘い物は好きなんですか?」
「ん~、苦手な方かな。だから俺のはコレ」
ウエストポーチを開けると、そこに入っていたのはなぜか柿の種だった。
「これでビールでもあったら、いうことないんだけどね。星を見ながら一杯」
エアジョッキを右手に持って、可笑しそうに目を細める。
「ビールがない代りに、千尋の笑顔を見ながら食べることにするよ」
「……玲さんって、そういうのよく言うんですね」
柿の種の小パックをバリバリ開けながら、不思議そうな顔をして私を見る。
「そういうのって……ああ。黙ったままだと伝わらないよな。今は押し時だと思ってるから、言ってるんだけど」
マイクを向けるように、私へ柿の種の袋を前に出す。おずおずと何個か摘まんだ。
「押し時なんですか……」
「洸みたいに、ただちょっかいかけてるだけじゃ、何も進展ないからね」
艶っぽい流し目で私を見ながら言う玲さんが、急に大人に見えてドギマギした。
(何でここで? 水留の名前が出てくるんだろ?)
「普段の俺はバイクの話しかしない、つまんない男だよ。今だけしか、こんなことを言わないかも……。でも」
「でも?」
私が首を傾げると顔を寄せて、わざわざ耳元で続きを告げる。
「千尋が望むなら、毎日言ってもいい」
まいにち……毎日こんなことを言われたら困る。顔が全部熱い、ドキドキが止まらないよ~。
「からかわないでください……」
「そんな顔してたら、コレみたいに食べちゃうかも」
思わず俯いて困った顔しながら言ったのに、玲さんは大人の余裕でかわす。柿の種の袋をあおるように一気食いする。何だか、頭からバリバリと食べられそうな気がした。
警戒していると、お腹を抱えて大笑いする玲さん。
「冗談だよ、ホント面白いな千尋は。それよりも、流れ星を探してくれるんだろ? 俺の願いごと、絶対に叶えてよ」
そう言って座って、星がよく見える場所に誘導してくれた。
「俺の願い事は、恋愛成就だからな」
でたよ、ストレート。さっきからバシバシ気持ちをぶつけられて、ノックダウン寸前。
この日は返事ができなかったけど水留の薦めもあったので、思いきって玲さんと付き合うことにした。楽しいキャンパスライフを、ずっと送る予定だったのに……。