還魂―本当に伝えたかったこと―
***
この日は珍しく、玲さんと水留と私の3人で顔をつき合わせていた。まったく違うレポートを提出した私と水留が教授からやり直しを言い渡され、困って玲さんに泣きついたのだった。
「ホント、お前ら仲がいいよな。就活で忙しい俺を拘束するなんて」
どこか楽しそうな玲さんを、思わずじっと見つめてしまう。最近は忙しくて、アプリのメッセージや電話でしか話をしていなかった。
「ほら千尋ちゃん、また何かを落としたぞ」
「あっ、ごめんなさい……」
二人きりのときは名前の呼び捨てなのに、みんなの前だとちゃん付けにするしっかり者の玲さん。
「廣田ってばワザと何かを落として、加藤先輩の手を煩わせるなよ」
チッと舌打ちしながら、水留が苦情を言う。コイツはいちいち、私の腹が立つことばかり言うんだから。
「ワザとじゃないもん」
「そうそう。千尋ちゃんのおっちょこちょいは、天然だもんな」
「玲さん、ヒドイ!」
3人でワイワイ言いながら大学のカフェテラスで勉強をするこの雰囲気は、そんなに悪くない。でも希望としたら、玲さんと2人きりがいいんだけどね。
「加藤先輩、夫婦漫才なら余所でやって下さい。見てるだけで、うんざりします」
「せっかく教えてもらってるってゆぅのに、アンタはなんてことを言うの」
「さっすが洸、気が利くな。場所を変えて、このままホテルに行こうか。もちろん二人きりで」
そう言うなり、玲さんが私の肩を抱く。いつものように流し目されて、ドキドキ高鳴ってしまう心臓をイヤというほど感じた。こういう大人な仕草は未だに慣れない。対処に困ってしまう。
「千尋ちゃん、そんな顔すんなって。マジでこの場に押し倒すぞ」
「……っ」
「廣田は冗談が通じないヤツだから、加藤先輩も大変っスね」
呆れ果てる水留の声で、ハッと我に返った。
玲さんの冗談って、本気との境界線が曖昧で分かりにくいんだってば。
「洸、分かってないなぁ。そこが可愛いんじゃないか」
にっこり笑いながら私の顔を覗き込む。大人の微笑みに、クラクラするしかない。
それに比べて、目の前の水留が憎らしいのなんの。たった2歳されど2歳差だけなのに、どうしてコイツはお子様なんだろうか……。
「千尋ちゃんが洸のことを、熱い眼差しで見つめてる。もしかして」
「熱い眼差しじゃなくて、呆れた眼差しです」
「熱い眼差しで見られても困るから、すぐに止めてくれ。……今度は鞄を落としたぞ」
またまたケッと言いながら私の顔を見る目付きは、いい加減にしてくれよと語っていた。
そういえば今日は、いつになく物を落としている。注意しないといけないな。
ぼんやりそんなことを考えていると、隣にいる玲さんが腕時計で時間をチェックした。
「そろそろバイトに行く時間だから、済まないけど続きは明日で大丈夫?」
私が頷くと、水留がピースサインをする。
「俺は八割がたできたんで大丈夫です。お邪魔虫は退散するんで、明日はお二人仲良くホテルなり何処となりで、やっちゃってください」
「本当に洸は気が利くなぁ。じゃあ明日は、俺んちでやろうか」
ニュッと顔を覗き込む玲さんに、思わず顎を引いた。顔が近すぎるよ。
そんな私の頭を優しく撫でてから右手をあげて去っていく後ろ姿が、一瞬だけパッと消えた。びっくりして玲さんのシャツを思わず掴んで、その存在を確かめてしまう。
(――今の、何!?)
「ん~、どした?」
一瞬消えた玲さんを不思議に思いつつ、寂しい気持ちを言いたかったけど、傍に水留がいるのでガマンする。
「あの……気をつけてねバイト。頑張ってください」
「ああ、ありがと。今夜電話するから」
それが玲さんと喋った最後になるとは、夢にも思わなかった。
この日は珍しく、玲さんと水留と私の3人で顔をつき合わせていた。まったく違うレポートを提出した私と水留が教授からやり直しを言い渡され、困って玲さんに泣きついたのだった。
「ホント、お前ら仲がいいよな。就活で忙しい俺を拘束するなんて」
どこか楽しそうな玲さんを、思わずじっと見つめてしまう。最近は忙しくて、アプリのメッセージや電話でしか話をしていなかった。
「ほら千尋ちゃん、また何かを落としたぞ」
「あっ、ごめんなさい……」
二人きりのときは名前の呼び捨てなのに、みんなの前だとちゃん付けにするしっかり者の玲さん。
「廣田ってばワザと何かを落として、加藤先輩の手を煩わせるなよ」
チッと舌打ちしながら、水留が苦情を言う。コイツはいちいち、私の腹が立つことばかり言うんだから。
「ワザとじゃないもん」
「そうそう。千尋ちゃんのおっちょこちょいは、天然だもんな」
「玲さん、ヒドイ!」
3人でワイワイ言いながら大学のカフェテラスで勉強をするこの雰囲気は、そんなに悪くない。でも希望としたら、玲さんと2人きりがいいんだけどね。
「加藤先輩、夫婦漫才なら余所でやって下さい。見てるだけで、うんざりします」
「せっかく教えてもらってるってゆぅのに、アンタはなんてことを言うの」
「さっすが洸、気が利くな。場所を変えて、このままホテルに行こうか。もちろん二人きりで」
そう言うなり、玲さんが私の肩を抱く。いつものように流し目されて、ドキドキ高鳴ってしまう心臓をイヤというほど感じた。こういう大人な仕草は未だに慣れない。対処に困ってしまう。
「千尋ちゃん、そんな顔すんなって。マジでこの場に押し倒すぞ」
「……っ」
「廣田は冗談が通じないヤツだから、加藤先輩も大変っスね」
呆れ果てる水留の声で、ハッと我に返った。
玲さんの冗談って、本気との境界線が曖昧で分かりにくいんだってば。
「洸、分かってないなぁ。そこが可愛いんじゃないか」
にっこり笑いながら私の顔を覗き込む。大人の微笑みに、クラクラするしかない。
それに比べて、目の前の水留が憎らしいのなんの。たった2歳されど2歳差だけなのに、どうしてコイツはお子様なんだろうか……。
「千尋ちゃんが洸のことを、熱い眼差しで見つめてる。もしかして」
「熱い眼差しじゃなくて、呆れた眼差しです」
「熱い眼差しで見られても困るから、すぐに止めてくれ。……今度は鞄を落としたぞ」
またまたケッと言いながら私の顔を見る目付きは、いい加減にしてくれよと語っていた。
そういえば今日は、いつになく物を落としている。注意しないといけないな。
ぼんやりそんなことを考えていると、隣にいる玲さんが腕時計で時間をチェックした。
「そろそろバイトに行く時間だから、済まないけど続きは明日で大丈夫?」
私が頷くと、水留がピースサインをする。
「俺は八割がたできたんで大丈夫です。お邪魔虫は退散するんで、明日はお二人仲良くホテルなり何処となりで、やっちゃってください」
「本当に洸は気が利くなぁ。じゃあ明日は、俺んちでやろうか」
ニュッと顔を覗き込む玲さんに、思わず顎を引いた。顔が近すぎるよ。
そんな私の頭を優しく撫でてから右手をあげて去っていく後ろ姿が、一瞬だけパッと消えた。びっくりして玲さんのシャツを思わず掴んで、その存在を確かめてしまう。
(――今の、何!?)
「ん~、どした?」
一瞬消えた玲さんを不思議に思いつつ、寂しい気持ちを言いたかったけど、傍に水留がいるのでガマンする。
「あの……気をつけてねバイト。頑張ってください」
「ああ、ありがと。今夜電話するから」
それが玲さんと喋った最後になるとは、夢にも思わなかった。