還魂―本当に伝えたかったこと―
***

「水留、八割がた終わったっていうの、あれって嘘でしょ?」

 あれから1時間、お互い向かい合って無言で書き込みしていた。

「嘘じゃない。今の時点で八割がた終了させるんだ」

 まったく意地を張っちゃって。やり直しくらっても知らないんだから。

「チェッ、人の気も知らないで……」

 一生懸命レポートを書きながら、水留がぶつくさ何かを呟く。

「は? 何か言った?」

「何でもねぇよ!」

 ちょっと声をかけただけなのに、どうしてこうも簡単にキレるのかな。怒られるようなことを言ってないのに。

 むっとしながらノートの隅っこに書かれた落書きを、そっと指で撫でる。いつの間にか玲さんが書き込んだ文字。それを見てイライラを吹き飛ばしていると、机に置かれた水留のスマホが鳴った。

「もしもし……田中っちか。そんなに慌てた声して、どうしたんだよ?」

 田中っちって確か、バイク乗りのサークルにいる後輩だったはず。

 小首を傾げながら電話をしている水留を見つめていると、顔色がどんどん青ざめていくのが分かった。

(もしかして、何か悪い知らせでも入ったのかな――)

「ああ、それで? うんうん……そうか、よく頑張ったな、状況は分かった。これからそっちに急いで向かうから」

 水留は天井を仰ぎ見て、ふーっと深い息を吐いてからスマホを切る。そして悲しげな目をして、私の顔をじっと見つめた。

「何かあったの?」

 私の言葉にぎゅっと眉を寄せる。長いまつげを伏せるその顔は、悲壮感が漂っていた。

「落ち着いて聞いてくれ……。加藤先輩が事故った」

「えっ?」

 その言葉で脳裏をよぎったのは、一瞬だけ消えた玲さんの後ろ姿。

「加藤先輩のバイクが右折するのに交差点で停車してたら、対向車線にいた居眠り運転のトラックが突っ込んできて飛ばされたって。たまたまそれを、田中っちが目撃したらしくてさ」

 水留の声が遠くに聞こえる。玲さんさっきまで、私の傍にいたのに。

「救命措置するのにメットを外したら、口から血を流してて息してなかったって……。必死に呼びかけても、全然意識が戻らなかったらしい。そのまま病院に運ばれたみたいなんだけど」

 机に拳を打ち付けた水留、その物音で周りにいる人がこっちを見る気配が伝わってきた。

 あちこちから放たれる視線を感じつつ、身体中の血がどんどんなくなっていくような空虚な感覚が支配していく。

「全身を強く打ち付けたショックで、もう……」

 そのまま両目を閉じて言葉にならない水留は、その場で泣き出してしまった。

 愕然とした私は、声をあげて泣く水留を見ることしかできなかった。泣くことも動くことすらできずに、頭の中で一生懸命考える。

 玲さん……事故なんて嘘だよね? いつものように冗談だよって言って。

 ノートに書かれた落書きが、涙で滲んで読めなくなった。ハートマークの中に書かれた文字。

『ちひろ、愛してる』

 優しい笑顔の玲さんの姿が、涙で歪んだせいで見えなくなったのだった。
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