隠れクール上司 2 ~その素顔は君に見せはしない~
今頃どんな顔して仕事してるんだろう
「なんか、すっごく遠くに感じるの」
「うん…」
「違うの、1時間の距離のことじゃないの!」
「分かってるよ」
「1時間じゃ着かないんだけど、そういうことじゃないの!」
「………」
「遠いの……」
「……」
「すっごく、遠いの……」
美生は、終始悲しそうに視線を下げて、レモン酎ハイ片手に語っていた。
そろそろ1時間になる。疲れていて酔うのが早いと思ったので、こっそり店員に焼酎少な目でオーダーしたのだが、それ以上に身体が酒に反応したらしい。
「遠いの……」
議題は、中央区にあるホームエレクトロニクス東都シティ本店というわが社最大面積、満足度ナンバーワンの店舗は他店から見れば高根の花、手の届かない神殿のようであり、それ以外の店はその他でしかありえない。その証拠に南区の阿南店では客もそれほど望んでなければ業務もずさんだし、早く東都に戻りたい、ということだった。
「そう…」
GWが明けてすぐ、数字が落ち込む時に息抜きにと、今度は阿南の近くの居酒屋とホテルを先に予約し、美生を誘った。
東都に戻るという気持ちをずっと持つために、引っ越しはせず1時間強の距離を通勤してきている。
そういう気持ちや目標が必要な時もあるが、今は身体を休める時間を作る方にまわした方が得策だと思ったが、あまりにも東都に拘っているので、あえてそこには触れないでおく。
「でも、またあそこに帰りたいって気持ちがあれば、大丈夫だと思うの!」
今のままでは不満が溜まって、おそらくうまくはいかない。
どの店に行っても同じスタンスで同じように接客が出来ないのであれば、東都にいる意味はない。
それに、自分で気付くかどうか……。
「帰るって? あそこが自店で今応援で来てるわけじゃないよ」
「………」
美生は、ハッとした目をした後、伏せてしまう。
言わないでおこうと思っても、ついアドバイスをしてしまう。
「監査資料見たけどいい出来だったよ」
美生はうるんだ目を見せて、唇を結んだ。
「ほんとに?」
「ほんとに。前月まではNG項目が多い中、この1か月でよくNG2つまでにしたなと思う」
月1回抜き打ちで他店の店長が監査に訪れて項目チェックしていくのだが、伝票のサイン漏れなどは全て監査用に確認したのか合格のOKだった。
「……間に合わなかったの……2つは」
「うん。だと思う。自分で全部したんでしょ?」
残業の時間数がかなり増えていたので、業務の後、残って監査対策をしていたのだ。
「……だって、そんな急にさ。男性の部門長の人から女性の部門長に代わっただけで女の人なんかすぐにやる気なくすしさ」
「うん」
俺は少し笑って聞いた。
「私なんかまだ若い方じゃん!? 年上ばっかでさあ…。おばさんが全然言うこと聞きそうにないし…。東都だったらもう仕事する気の人しかいなくて、しない人は勝手に落とされるから…要は落とされた人を躾け直すというか、そういうのが大変だなあって」
「へえー……どういう風に躾け直すの?」
正直、美生がそこまで考えて仕事をしているとは思わなかったので、真剣に聞いた。
「いやそれはまだ分かんないけど。っていうか、私が言ったってみんな絶対無視するし」
「そんなことはないでしょ」
「絶対そうだよ……」
「絶対ということはない。聞いてくれるもんだよ。美生が考えてるだけで、それほど若いと思われてないかもしれないし」
俺は半分真面目に言ったが、
「いや私若いでしょ?26だよ? 航平君いくつよ?」
「38」
話がずれたが、即答しておく。
「絶対私、若いよ」
それで納得したのか、一口飲んで、残り3センチになる。
「次何飲もう……」
メニューを取ろうとしたので、
「ノンアルにしなよ」
先にメニューを取り上げて開く。
「え、なんでよ。ホテルとってるんでしょ?」
「とってるけど、誰が運ぶのよ?」
「歩いて帰るよー。歩けないほど飲んだことないし。なんか今日は調子いいのよね。飲んでも飲める!」
それは、焼酎が薄いからだろうが。
「いいや、もうこれで最後。ノンアルにしなさい」
俺は勝手に呼び出しボタンを押すと、定員を呼び、ノンアルのマンゴージュースを注文した。
「えっえっ、何で勝手に注文するのよー!」
店員が立ち去ってから美生は顔を歪めて叫ぶ。
「前回おぶられて帰った事忘れたの?」
「今日はいいじゃんいないんだから! というか、あの日だって……」
美生はそれきり黙ってしまう。
「今は1人でいるのが楽って言ってたよ」
俺は、ちら、と美生を見た。
「……あのさ」
今も好きだと言い出すんだろうな、と予測する。
「……」
「あのさ……私さ……この1か月さ……全然会ってなくてさ……」
「うん……」
俺は手持無沙汰に、残り少ないビールを一口飲んだ。
「だって、2年間毎日会ってたんだよ?それがさ……全然……今頃どんな顔して仕事してるんだろう、とかさ……」
「先週会ったけど、普通の顔だったよ」
「そうだろうけど!!」
美生は分かりやすく怒る。
「そうだろうけどさ……、会うにも会えないしさ……連絡先なんて知らないしさ……」
「うん。まあ、今はうまく1人になっていてもそのうち何が起こるか分からないし。一(はじめ)君だけは、すすめない」
「じゃあ他にいい人いるの? いないでしょそんな人。絶対いないよ。東都の店長だよ?」
「それは役職の話でしょ」
言いながら、他のいい人……頭を巡らせる。
「だってさあ……東都の店長って本当すごい」
「それはあえて仕事の面で、だと思うよ」
「……まあそうだね。営業部長も……」
何を否定されるのかな、と待ってみたが。
「そんなことないよ。私、航平君が嫌な人だとか思ったことない」
思わず噴き出した。
「よっく言うよ!」
そして笑いながら続ける。
「散々けなされてると思うけど」
「だからそれは……予約忘れるとかで、まあ、約束破られるとか、嘘つかれるとかあるけどね。……結構嫌な人だね」
「嘘? 嘘は言ったことないよ」
「うそー!? 沙衣吏とバー行った時、また行こうねって話になったのに、後であれきりだからねって言ったじゃん!」
そんなことか。
「あれは社交辞令だよ」
「まあそうかもしれないし、そういうのは必要かもしれないけど」
「嘘なんてついたことないよ」
「私の目を見て言える?」
俺はすんなり従うと、
「嘘なんて、ついたことない」
じっときらりと光る目を見て言い切る。
もちろん先に折れたのは美生の方だ。ふい、と視線を逸らし、自分の勘違いを悟っている。
「8時に約束だからって来なかったことあった」
「あはは、あれはごめん! いやー、色々考え事してたら忘れちゃって」
確かにあれは自分でも酷いと思うが、株主総会に向けての準備の手伝いやらをしていながら美生が気になったので、両方同時に進めたのが間違いだった。
「5時に約束したのにだよ?」
「うん。悪かった。時が経つのが早くてね」
「9時まで待ってた」
8時40分くらいだったと思うが。
「悪かったって」
「ふう……」
一通り騒いで気が済んだのか、美生はとろんとした目を宙に投げた。
マンゴージュースは半分以上残っている。
「そろそろ帰ろう。送るよ」
自分のホテルは会社持ちなので、いつも決まったホテルだが、一応タクシーで美生を送ってからホテルに戻ろうと考える。
「二次会は?」
「しない。美生も明日仕事でしょ? …このジュースもういらないの?」
「うん。飲んでもいいよ」
「いらない。じゃあ、会計しよう」
「うん…」
「違うの、1時間の距離のことじゃないの!」
「分かってるよ」
「1時間じゃ着かないんだけど、そういうことじゃないの!」
「………」
「遠いの……」
「……」
「すっごく、遠いの……」
美生は、終始悲しそうに視線を下げて、レモン酎ハイ片手に語っていた。
そろそろ1時間になる。疲れていて酔うのが早いと思ったので、こっそり店員に焼酎少な目でオーダーしたのだが、それ以上に身体が酒に反応したらしい。
「遠いの……」
議題は、中央区にあるホームエレクトロニクス東都シティ本店というわが社最大面積、満足度ナンバーワンの店舗は他店から見れば高根の花、手の届かない神殿のようであり、それ以外の店はその他でしかありえない。その証拠に南区の阿南店では客もそれほど望んでなければ業務もずさんだし、早く東都に戻りたい、ということだった。
「そう…」
GWが明けてすぐ、数字が落ち込む時に息抜きにと、今度は阿南の近くの居酒屋とホテルを先に予約し、美生を誘った。
東都に戻るという気持ちをずっと持つために、引っ越しはせず1時間強の距離を通勤してきている。
そういう気持ちや目標が必要な時もあるが、今は身体を休める時間を作る方にまわした方が得策だと思ったが、あまりにも東都に拘っているので、あえてそこには触れないでおく。
「でも、またあそこに帰りたいって気持ちがあれば、大丈夫だと思うの!」
今のままでは不満が溜まって、おそらくうまくはいかない。
どの店に行っても同じスタンスで同じように接客が出来ないのであれば、東都にいる意味はない。
それに、自分で気付くかどうか……。
「帰るって? あそこが自店で今応援で来てるわけじゃないよ」
「………」
美生は、ハッとした目をした後、伏せてしまう。
言わないでおこうと思っても、ついアドバイスをしてしまう。
「監査資料見たけどいい出来だったよ」
美生はうるんだ目を見せて、唇を結んだ。
「ほんとに?」
「ほんとに。前月まではNG項目が多い中、この1か月でよくNG2つまでにしたなと思う」
月1回抜き打ちで他店の店長が監査に訪れて項目チェックしていくのだが、伝票のサイン漏れなどは全て監査用に確認したのか合格のOKだった。
「……間に合わなかったの……2つは」
「うん。だと思う。自分で全部したんでしょ?」
残業の時間数がかなり増えていたので、業務の後、残って監査対策をしていたのだ。
「……だって、そんな急にさ。男性の部門長の人から女性の部門長に代わっただけで女の人なんかすぐにやる気なくすしさ」
「うん」
俺は少し笑って聞いた。
「私なんかまだ若い方じゃん!? 年上ばっかでさあ…。おばさんが全然言うこと聞きそうにないし…。東都だったらもう仕事する気の人しかいなくて、しない人は勝手に落とされるから…要は落とされた人を躾け直すというか、そういうのが大変だなあって」
「へえー……どういう風に躾け直すの?」
正直、美生がそこまで考えて仕事をしているとは思わなかったので、真剣に聞いた。
「いやそれはまだ分かんないけど。っていうか、私が言ったってみんな絶対無視するし」
「そんなことはないでしょ」
「絶対そうだよ……」
「絶対ということはない。聞いてくれるもんだよ。美生が考えてるだけで、それほど若いと思われてないかもしれないし」
俺は半分真面目に言ったが、
「いや私若いでしょ?26だよ? 航平君いくつよ?」
「38」
話がずれたが、即答しておく。
「絶対私、若いよ」
それで納得したのか、一口飲んで、残り3センチになる。
「次何飲もう……」
メニューを取ろうとしたので、
「ノンアルにしなよ」
先にメニューを取り上げて開く。
「え、なんでよ。ホテルとってるんでしょ?」
「とってるけど、誰が運ぶのよ?」
「歩いて帰るよー。歩けないほど飲んだことないし。なんか今日は調子いいのよね。飲んでも飲める!」
それは、焼酎が薄いからだろうが。
「いいや、もうこれで最後。ノンアルにしなさい」
俺は勝手に呼び出しボタンを押すと、定員を呼び、ノンアルのマンゴージュースを注文した。
「えっえっ、何で勝手に注文するのよー!」
店員が立ち去ってから美生は顔を歪めて叫ぶ。
「前回おぶられて帰った事忘れたの?」
「今日はいいじゃんいないんだから! というか、あの日だって……」
美生はそれきり黙ってしまう。
「今は1人でいるのが楽って言ってたよ」
俺は、ちら、と美生を見た。
「……あのさ」
今も好きだと言い出すんだろうな、と予測する。
「……」
「あのさ……私さ……この1か月さ……全然会ってなくてさ……」
「うん……」
俺は手持無沙汰に、残り少ないビールを一口飲んだ。
「だって、2年間毎日会ってたんだよ?それがさ……全然……今頃どんな顔して仕事してるんだろう、とかさ……」
「先週会ったけど、普通の顔だったよ」
「そうだろうけど!!」
美生は分かりやすく怒る。
「そうだろうけどさ……、会うにも会えないしさ……連絡先なんて知らないしさ……」
「うん。まあ、今はうまく1人になっていてもそのうち何が起こるか分からないし。一(はじめ)君だけは、すすめない」
「じゃあ他にいい人いるの? いないでしょそんな人。絶対いないよ。東都の店長だよ?」
「それは役職の話でしょ」
言いながら、他のいい人……頭を巡らせる。
「だってさあ……東都の店長って本当すごい」
「それはあえて仕事の面で、だと思うよ」
「……まあそうだね。営業部長も……」
何を否定されるのかな、と待ってみたが。
「そんなことないよ。私、航平君が嫌な人だとか思ったことない」
思わず噴き出した。
「よっく言うよ!」
そして笑いながら続ける。
「散々けなされてると思うけど」
「だからそれは……予約忘れるとかで、まあ、約束破られるとか、嘘つかれるとかあるけどね。……結構嫌な人だね」
「嘘? 嘘は言ったことないよ」
「うそー!? 沙衣吏とバー行った時、また行こうねって話になったのに、後であれきりだからねって言ったじゃん!」
そんなことか。
「あれは社交辞令だよ」
「まあそうかもしれないし、そういうのは必要かもしれないけど」
「嘘なんてついたことないよ」
「私の目を見て言える?」
俺はすんなり従うと、
「嘘なんて、ついたことない」
じっときらりと光る目を見て言い切る。
もちろん先に折れたのは美生の方だ。ふい、と視線を逸らし、自分の勘違いを悟っている。
「8時に約束だからって来なかったことあった」
「あはは、あれはごめん! いやー、色々考え事してたら忘れちゃって」
確かにあれは自分でも酷いと思うが、株主総会に向けての準備の手伝いやらをしていながら美生が気になったので、両方同時に進めたのが間違いだった。
「5時に約束したのにだよ?」
「うん。悪かった。時が経つのが早くてね」
「9時まで待ってた」
8時40分くらいだったと思うが。
「悪かったって」
「ふう……」
一通り騒いで気が済んだのか、美生はとろんとした目を宙に投げた。
マンゴージュースは半分以上残っている。
「そろそろ帰ろう。送るよ」
自分のホテルは会社持ちなので、いつも決まったホテルだが、一応タクシーで美生を送ってからホテルに戻ろうと考える。
「二次会は?」
「しない。美生も明日仕事でしょ? …このジュースもういらないの?」
「うん。飲んでもいいよ」
「いらない。じゃあ、会計しよう」