隠れクール上司 2 ~その素顔は君に見せはしない~

「よ。お疲れ」

 15時頃に湊部長が本社に戻ったのは確認済みなので、俺は気軽に関に話しかけた。

「お疲れ様です」

 19時10分。1時間残業をしているのでさすがに疲れているようだ。

 夕方のニュースではやはり刺殺事件だと報道されていたが、犯人が逮捕されたとも出ていたので逆に安心するだろうと、教えておくことにする。朝は犯人が逮捕されてないがために、湊部長があえて関に恐怖心を与えないように言わなかったのだとしたら、ただの親戚とは思えないほどの配慮だ。

「……湊部長と親戚なんだってな」

 まずは世間話から、と思ったが、関は随分反応して。顔を微妙に歪めた。

「まあ……」

 ということにしておく、ということなのか、どうなのか。

「今日の朝のパトカー、あれ殺人事件だったって。夕方のニュースで言ってた」

「殺人!?!?」

 よほど驚いたのか、立ち止まって顔を固めた。

「…あぁ、ニュースをネットで見ただけだけど」

「え、嘘……」

 関は慌ててスマホを取り出したので、俺は先ほど見たばかりでまだ画面に残っている動画をすぐに出した。

「ほら」

 再生マークを押したと同時に、関のシャンプーと思われる香りが顔の辺りを駆け巡った。

 すぐ近くに顔があると思うと、手元が狂いそうになる。

 俺は意識してスマホを握り直すと、呼吸を整えようと努力し、一旦壁を見つめた。

 アナウンサーの声がようやく頭に入ってくる。

 昨日の夜か、だとしたら近くを通ったのかもしれないな。あんまり遅くまで残業させるものじゃないなと、朝の「一時間で充分」の言葉が頭を回る。

「関の家、この近く?」

「…………」

 顔色が真っ青だ。

 まさか、本当に見たのか?

「せ、せ、関店長!!」

「え?」

 何を言ってるんだとその顔を見る。が、身体が震えて手に口を当て、それどころではない。

「え、おい、一体…」

「関店長の、電話番号教えて下さい!!」

「え、何で…」

 今はトランシーバーも外してしまっているので、本人を探すとしたら自力で走るかみんなに聞きまくるかしかないので、提案としては間違っていないし、別に言ってもいいだろうが、冷静に、先に本人に確認しておくことも必要かと思う。

「まだ勤務中だと思うけど。急ぎなのかよ」

「…………」

 黙ってしまう。

 殺人犯でも見たのだろうか。でも既に逮捕されてるし……。

 俺はそのまま発信ボタンを押した。勤務中でも、出られる時はすぐに出てくれる。というか、接客はしないのでたいてすぐに出る。

「はーい。見えてるよ」

 後ろを振り返った。廊下の先で手を挙げているのが見える。

「あの、関に………」

 その横を関が走り抜けていく。

 一体何事だ?

 そのまま2人で話し込んでいる、一体何がなんだかさっぱりだ。

 電話を切った俺は仕方なく、「お疲れ様でーす!!」と声を上げる。

 「はーい」

 遠くから関店長のそれだけが聞こえると、後はそのまま従業員通用口の扉を押しあけた。

 


「え? 何? どういう事?」

 関 一は、目の前の関 美生が、わめくように何か伝えようとしているが、全くわけが分からず困惑していた。

「何々? 見たって何が? 鹿谷の何か?」

「違うんです、違うんです!! ハッ沙衣吏さんは?」

「え? ちょっとわけが分からないんだけど…」

「今日、出社でしたっけ?」

 しっかり目を見て聞いてくる。

「今日…いたような気がするけど。あぁ、いたわ。話したよ。けど早退したって鹿谷から聞いてる」

「ヤバいヤバい、絶対ヤバい!!!」

 1人焦っているが、とりあえず、静観することにする。冗談ではなさそうだ。

「絶対ヤバい…………」

 涙が溢れてきている。

 どういうことかさっぱり分からないがここでは人目を引く。

「待って。関。会社のこと?」

 大きく横に首を振る。なら何故中津川が関係あるのかどうかは分からないが、

「でも私、話したら………」

 出来ることなら整理して話がしたい。俺は腕時計を確認した。

「あー、19時過ぎてるのか。退社するよ」

 今日は朝から湊が来ていて疲れていたのであっさり決定する。急ぎの用はない。

「あー、関、退社します」

 トランシーバーのマイクに話しかける。すると、すぐに残されたもう1人の副店長柳原から電話がかかってきた。

『すんません、来月のシフトの組み換えの相談がまだなんですが』

「………あ、そうだった、忘れてた」

 涙を拭いている関の顔を前に、どうしようか最大限悩む。

「……もうちょっと待ってくれる?」

 スマホを少し遠ざけて優し目に言う。

 だが、関は微動だにせず返事をしない。

「えっと、そしたらちょっとだけ抜ける。すぐ戻るから」

『あ、用があるんならまた次回でも…っても日にちがないですが』

「うん。だから戻ってくる。ちょっとだけ抜ける。すぐ…帰れると思うから」

 そう言って順当に電話を切った途端、関は口を開き。

「前に。沙衣吏さんの彼氏のことを世界平和だって言ってましたよね」

 こちらを見てはいないし、どういう意味なのかさっぱり分からないので。

「ちゃんと話聞くから。一旦外出る?」

 促そうと一歩踏み出す。

「私、昨日殺人犯見たんです」

 驚いてその顔を見つめた。

「それ…沙衣吏さんの彼氏だったと思います」

「……」


 さすがに驚いたが、頭の中で考えたことは特にない。

 それが理由で中津川をどうこうするつもりは今の所ないし、関も他言しないことは分かっている。

「中津川から何か聞いてた?……とりあえず外で話そう」

 俺は階段を見上げて上に誰もいないことを確認してから、足を前へ出す。それに関も着いて来た。

 大した話にはならないだろうが、中津川への配慮のつもりで外へ出る。

 外は肌寒く、上着もなく出たことを一瞬で後悔したが、目の前の倉庫入口は風を遮るように両端に少しでっぱりがあるので、入口前の扉に背をつけた。

 関もそれを理解して、同じように背をつける。

 それでもまだ寒いが。10分くらいなら大丈夫だろう。

「中津川から何か聞いてた?」

「いえ……。私、でも前に偶然見かけたんです」

「あ、なんか言ってたな…」

「はい。口止めされてるだろって、関店長が言ってて…」

「……」

 そんな事言ったかな。まあ、言ったんだろう。

「で私も、偶然見た事を沙衣吏さんに言ったら、誰にも言っちゃダメだって言われて黙ってました。だから私はてっきり、既婚者と付き合ってて、それがひょっとしたら本社の人かもしれないとか思ってました」

 まあ、ありがちな発想だ。

「……昨日、帰るのが遅くなって。それでアパートに車停めて出ようとした時、変な声が聞こえたんです。ぐーというか、がーみたいな。ハッと道の方を見たら、男の人が倒れそうになってて、それを1人の人が支えようとしてたような気がしたんですけど、その人は走り去ってしまったんです。
 私、何が起こったのか全く分からなくて。怖かったんで、車の中でしばらくいました。
 でも、ずっと静かだから結局走って家の中に入りました。
 だから、まさか道にまだ人が居たとは思わなかったんです!!」

「うん。逃げたので正解だと思うよ。下手にさわらない方がいい」

「昨日は眠れなくて、4時にサイレンが鳴ったんで近所の人に紛れて見に行ったんですけど、特に何も見えなくて……まさか、死んでたなんて……」

「……」

「でも、私、もし、あの時逃げた人が犯人なら、捕まった犯人じゃないと思うんです!
 こう…髪の毛が……逃げた人は髪の毛が長くて。でも、犯人は坊主じゃないですか!」

 確かに、ニュースではそう出ていた。

「……まあ、その後坊主の人が刺したのかもしれないしね。本当はその髪の長い人が助けを呼びに行ったのかもしれないし」

「………」

 関の顔色は晴れない。そういう雰囲気ではなかったのだろう。

「私……一度しか見てないけど、ちょっとしか見てないけど。あの時の人と沙衣吏さんの彼氏は同じ人だったような気がしてならないんです」

「……」

「関店長、知ってますよね? どういうことなのか!」
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