隠れクール上司 2 ~その素顔は君に見せはしない~


「………何が?」

 とぼけてみせる。

「何がって、口止めされてるだろって言ったじゃないですか!」

 しまったな……うっかり口を滑らしたらしい。

「いや、そう言った覚えはないし、どういうことかも分からない。
 僕が聞いてる限りでは、それは単に見間違いか何かだと思うよ。だって警察がちゃんと逮捕してるんだから。そう思わない? 最近の技術はすごいから。例えば髪が長い人ならその髪の毛が落ちてたりさ、そういうのも分かるじゃない。
 今日中津川が早退したからなんかそんな気がしただけで、…それだけだと思うよ。
 だからそういう事は、軽く口にするもんじゃない。
 中津川がショックを受けるよ」

「………」

 全く納得がいっていない表情だ。

「警察に行くつもりなの? 犯人見ましたって」

「いや…そんなつもりはありません」

 ならいい。

「あんまり他人の彼氏を詮索するのは良くないよ。本当に既婚者なのかもしれないし。だったとしたら、色々な人に迷惑がかかるしね。まあ、かけてる人が悪いんだけど」

「色々な人って?」

「まあ単純に、その家庭とか」

「………」

 顔色が少し戻った。

「ま、いいじゃないの。他人の事なんだから」 

 さらっと流しておくに限る。

 俺は壁から背を離した。

「送るよ。車まで。すぐそこだけど」

 少し歩こうと思い、先に足を動かせる。

 関はそれにすぐに寄り添い、肩を落として歩き始めた。

「航平さんが、関が引っ越しするって言いだすかなって心配してたよ」

「……殺人事件だって、知ってたんですか?」

 あ、しまった。

「ニュースに出てからね。そんな話をしてた」

「……。引っ越しかあ…」

「考えてないんならいんだけど」

 それほどでもないと分かって良かった。

「車…替えたんですね」

 関は俺の車に気付いて言う。話題が変わってほっとした。

「うん。半年くらい前に替えたけどね。もう前のは7年乗ってたから」

 それだけではない。1人になった自由を噛みしめるために、ローンを組んで新車のベンツを買った。

 おかしいかもしれないが、突如として自分へのご褒美的な物が欲しくなったのだ。

 関は水色の軽に乗っていたかな…と足先の方を見る。

「……今日、航平君が接客してる所見ました。びっくりしました」

「ああ、みんな言ってた。なんかピンときたんだって。この人は買ってくれる人だって。150インチのテレビを買うだろうって予想がつくところはさすがだ」

 本当に、文句なしの勘だと思う。

 それでも関もよく頑張ってきたと思う。阿南での力が東都でもしっかり発揮できている。

 ただ、関の言葉を借りれば「ブランドにあぐらをかいている」ような気がしたが、それは他店から来た誰しもが起こることで、むしろ普通のことであり、そこであぐらをかきつづけたいがために、頑張れるようなところはある。

 関は真っ直ぐ前を向いているので、俺や湊から真の理想を叩き込まれようとしているだけに、あまり入れ込みすぎるとどこかで歯車が外れるかもしれないな、と思った。

 最近バタバタしているので、その事がきっかけにならなければいいが。

「私、一昨日ピアス開けたんです」

「へえ、ピアスねえ。中津川はしてるね」

「……」

 なんだかしゅんとした気がしたので、ハッと気付く。

 あれ…まだ好かれてた?

「でも、接客にピアスはいらないよ。規定では決められてないけど」

「え、そうなんですか!?」

 関は目を真ん丸にさせた。

「お客さんがよければいいだろうけどね。あまり良くないと思う人もいるだろうから。それならしない方が自然かな。仕事なんだし」

「………」

 思いもよらなかったようで、関は目を丸くして黙る。

「昨日…痛くて外したんですけど。でも……沙衣吏さんがしてるの見てると、素敵だな、と思って。花端副店長もしてたし」

「ふーん、それで開けたの?」

「大学の時に開けてたんですけど、社会人になって塞がってたんで…。私もピアスした方が可愛くなるかなって」

 ここで、「そのままでも充分可愛いよ」という一言は、湊ならさらりと出るんだろうが、自分にはそれがない。

「仕事中はしなくていんじゃない? まあ勝手な僕の理想だからそれが何にも関係するわけではないけど」

「理想……」

 車の隣まできて呟く。その顔は真剣だ。

「まあ大抵はそれほど注意はされないもんだよ。みんな自分で自分がしなきゃいけないことを見つけてやっていく。立ち止まったら誰かに聞いたりするんだけど、立ち止まらない事が多い。更には、自分が立ち止まっていることに気付かなかったりする。
 でも関は、立ち止まる前に航平さんがフォローしたり、そのフォローによって僕に聞いてきたりする。そして頭の中にはいつもある大きな理想を追いかけるようになっている…と思うんだけど」

「そうかもしれないです」

 関は即答した。

「あの……。私、考えてて。
 東都に戻ったものの、どうしたらいいか考えていたんです。
 阿南にいて部門長というのは大変でした。でもそれを東都で出来たらというのも確かにあったけど、それには…考えすぎかもしれないけど、結婚とか出産とかしたらずっと働けないし、部門長になっても辞めるかもしれないし。そこまでいけないかもしれないし。
 ……、でもまあ、今はそれはあんまり考えずに部門長を目指そうというところでまとまってはいるんですけど」

「……」

 もう……28かそこらだったか。そりゃ考えるわな……。

「私、気が付いたら仕事しかしてなくて…。恋愛もしそびれたし…」

 それは俺のせいじゃないけど。

「…まあ、結婚か仕事かという問題は大きいわな……」

 その場合、問題が出た途端、答えは結婚だと決まっているのに、大きく感じるのは、人生の節目だからだ。

「ですよね……。
 私、この前なんか、色々思って。航平君、若杉さんと結婚するんじゃないかと思って」

「え゛、そんな話初めて聞いたけど、噂?」

 絶対に噂だ。そんなことは有りえない。

「いや…なんか、仲良さそうだったから」

「ああ……まあ、若杉はああいう性格だから」

「あれって性格って言えます?」

 そういう話になると長くなるので、

「航平さんが若杉と結婚はしないと思うけど…まあ、男と女だから分からないけど」

「でも、若杉さんのことを入社してからずっとサポートしてたと思うんです!
 別にいいんです! そりゃそうだと思うけど!
 私にだってあんな風に最初からサポートしてくれたら、こんな苦労しなかったと思うし!
 多分私は、航平君の意思で今まで人事が決まってたんだろうし、それに」

「ちょちょちょ、え? 航平さんの意思で人事とは??」

 色々突っ込みたいところはあったが、とりあえず、分かりやすいところから聞いていく。

「え、だって。鹿谷さんに、新人から東都の人なんていないって言われました。私はきっと航平君と知り合いだったからその…そういう風にされたんだと思うんですけど、若杉さんも絶対航平君の意思だと思うんです!!」

「え? 何を鹿谷が言ってたの?」

「鹿谷さんが言ったのは、新人から東都の人なんていないってことだけです」

「ああ、そうだよ。正確には、関と若杉だけだ」

「…」

「だけどそれは、研修で他の店舗まわってからの話で。関だっていろんなところ行って、東都来てそのまま残ったんだろ?」

「はい」

「それで合ってるよ。その時欲しい人材ならそれでいいし。あの、本社の人事はそういうのは通らないから」

「……そうなんですか?」

「そうだよ。じゃないと個人的な意思が横行すると店にならないから。関も優秀だったし、若杉もそうだよ。航平さんが若杉をフォローしてるのは、さあ…たまたまだと思うけど」

「私みたいなたまたまですか」

「いや、仕事上で打ち解けたんじゃないかな。若杉はあぁいう性格だし」

「あれ、性格ですか?」

 女はそういうのが好きだなと思い、その話題から離れることにする。

「若杉さん、航平君のことが好きそうでした」

 俺は思わず噴き出した。

「別にいんじゃないの?」

「えでも。社内恋愛はよくないって航平君に言われました」

「いやまあ、理想はそうだけど。好きになるくらいならいんじゃないの? それが不倫とかになると絶対ダメだけどね」

「例えば、自分が結婚してるけど、独身の人を好きになるだけってゆーのはいいと思います?」

「え?……うーん……」

 半分何の質問だと思ったが、適当に答えておく。

「さあ、それは個人の心の自由というか、そんな気がするけど」

 議論する意味はない。

「私……関店長のこと、好きだったけど、航平君にダメって言われました。それで絶対阿南に行かされたんだと思います」

「え?」

 ここで告…白?

 思わず、ちら、と辺りを見る。が、駐車場は静まり返っていて、もちろんこの会話など誰も聞いてはいない。

「いや、そういう個人的な意思は反映されないよ。絶対に」

 後半の部分にだけ答えておく。好きだった、と過去形だったし。

「………」

 気まずくなりそうなので、先に話題を整えておく。

「若杉のサポートをしてるという話は今初めて知ったし、そうだったとしたら、若杉がよく出来ているのが理解できる。関と同じようにね。
 航平さんはよくしてくれるし、きちんとわきまえているんだけど。
 関はあんまり公私混同しないように」

「え、私?」

 気付いてないだろうと思った。

「航平さんのことも、中津川のことも、会社で割り切るというのが社会人として必要なことだよ」

「……」

 色々、見つめ直しているのかもしれない。

「まあ、僕がアドバイスできることはあんまりないけど」

「なんでですか?」

 きらきらした目と目が合う。

「今は関が自分で動き出そうとしてる時だからね」

「放置プレイってやつですか」

「何それ?誰がそんな事言ってたの?」

 誰がそんなゲスなことを教えたんだと眉間に皴を寄せる。

「鹿谷さんが、店長はいつも放置プレイだって言ってました」

 なるほど…。

「鹿谷君はすごいよ。すごい。じきに上に上がるよ」

「嘘!? 店長に!? 決まってるんですか!?」

「決まってはないけど、僕の心の中では決まってる、かな。あ、これは内緒ね。僕が勝手に想ってるだけだから、絶対他言禁止」

「あ、はい」

 関は素直に、口元に手をやる。

「そしたら関店長は、自分がどこに行くんだろうって気になりませんか?」 

 いい質問だ。

「ならないよ。どこに行っても同じ仕事をするだけ。何せブランドにあぐらかいてちゃいけないからね」

 そうやってまた、結局理想を刷り込んでしまう。

 それらは、完全な机上の空論にも似た説。俺も60万の給料がなくなったらベンツのローンの月々の支払い額を下げないといけなくなるし、困る。

「今日聞いたことは忘れるからね」

 関は複雑な表情を隠さず、宙を睨んでいる。

 せっかく東都に戻ってきたんだし、話しをしていると寒さを忘れるなと、一時自分を制する必要を感じなくなってしまう。

「…耳、ちゃんと消毒した?」

 あえて、髪の毛に触れ、耳を見る。

 その心臓の音が口から聞こえるかと思うほど、関は固まった。
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