隠れクール上司 2 ~その素顔は君に見せはしない~
空気が違う
空気が違う。
やっぱり、ここが私が帰る場所だったんだ!!!
美生は、込み上げてくるものを感じながらその10月1日、店長室へ入った。
関が店長になった2年半前からは役職者が1人でも変更になったその初日は必ず全役職者が揃い、ミーティングをすることになっている。
だいたい3か月に1度あるかないかで、既存メンバー的には必要性をあまり感じなかったが、部外者にとってはそれは必要不可欠であったことを今初めて知った。
店長、副店長2人、部門長6人、副部門長4人、それぞれ席に着き、自己紹介の後、店の状況、方向性などがいつも通り示される。
美生はそれを真剣に聞きながら、どこか安堵していた。
素晴らしいこの場所こそが自分がいるべき場所だと思うと、心の中が満たされてなからなかった。
1つの曇りもなく、ホームエレクトロ二クス一の売上数、接客数、顧客満足度それらを全て実現しているのがこの店なのだ。
ここにしかないここだけの特別なブランド。
今そこに自分が歯車として成り立とうとしている。
位は横滑りで副部門長のままだが、今の自分の力なら部門長までいけるかもしれないし、航平が
ついているからこの先も簡単に見えるに違いない!!!
大満足の中、ミーティングは30分ほどで終わり、顔を知らない副店長の鹿谷(しかたに)、4か月前に新しくなったカウンター部門長野坂(のさか)と少し話をして外に出る。
と、AV副部門長で先ほどまで近くにいた沙衣吏が驚くほどさっと側に寄り、小声で話かけてきた。
「今カウンター荒れてるから、慎重に仕事した方がいいよ」
驚く内容に、詳細を知りたくて立ち止まる。
だが
「ごめん、私急いでるから。また……夜電話する!」
「うん!!!」
そのまま廊下を走って行ってしまう。
その日一日はわけもわからず周囲に気を遣いながら仕事をしたので随分疲れた。
メンバーは同じだから気が知れている。ただ違うのは、部門長が男性になったことと、4月から新人
が入ったこと。
部門長は、にこやかな笑顔を絶やさない人だということはよく分かった。年は30くらいだろうか。カウンターメンバーに聞く限りでは、北区最大店舗の北大で副店長をしていたそうで、カウンター部門長から副店長に上がった人物らしく、役職としては店ランクからいうと横滑り状態で悪くはなさそうだが。
あの笑顔には裏がありそうだなと予感する。そのくらい作られたような完璧な笑顔なのだ。
新人の方はというと、どうも好かれてはないらしい。入社してすぐ研修のまま東都に在籍するということは、美生と同じ流れなので親近感が湧いていたが、どうも女子には好かれにくいタイプのようだ。
となると、男性副部門長から女性に変更したことで、とっつきにくがられるかもしれない。
明日以降が大変だ。沙衣吏に詳しく話を聞かないと、と思う。
初日は朝から出勤していたのにも関わらず、16時になってようやく食事に入れる。
半年前までいた店なのに、早くもその間に他の店の癖が移ってしまったようで、元に戻るまでまだ時間が必要だなと感じながら、菓子パンとイチゴジュースを持ってどこに腰かけようか一瞬考える。
前任の花端副店長に半年前に代わって来た鹿谷副店長が1人で日替わり弁当を食べている。
髪の毛が短く立ち、固く根強そうな毛が若々しさを感じさせる。
美生はあえてその前に腰かけた。
「お疲れ様です。今日のお弁当、ハンバーグなんですね…」
言った途端、弁当を作ることを忘れていたことを思い出す!!
時計は16時16分。トランシーバーでは関店長が食事に入ると言っていなかったのでまだ入っていないとは思うが、時間が被らないことを祈る。
「あぁ……パンですか」
美生はズバリと指摘されたことに大きく後悔しながら、半笑いしつつ眉間に皴を寄せて
「お弁当を忘れて…」
と自分に正直な言い訳をする。
「作ったのに?」
「いえ…作ろうと思っていたんですが、作ることを忘れて」
鹿谷はふっと笑って「へー」とどうでもよさそうに返事をした。
美生は、パンを開けて食べる。美味しい。けど、今の姿を関には見られたくない!
「阿南はどうでしたか? だいぶ良くなったって聞きましたけど」
「え、あ、そうなんですか!」
「違うんですか?」
「え、いや、そうです、そうです! そうだと思いますー」
「苦労したんじゃないですか。あそこのカウンターは癖がある人がいるから」
誰を指しているのか分かったので、
「あ、でも私は大丈夫な感じだったんですよ。ひがまれずに済んだんでわりとうまくいきました」
「そりゃすごい。阿南にもいたことあったんすけど、なかなか……全然ダメでしたね」
「あぁ。合わない人にはすごいみたいですね。え、阿南にはいつ頃いたんですか?」
「えっとー、5年くらい前。入社して3年目くらいの時かな。初めて部門長になったのがそこでした」
「へー、えー………」
咄嗟に計算が思いつかず、
「え、鹿谷副店長って、おいくつなんですか?」
男だし全然大丈夫だろう。
「おない年ですよ。俺ら」
「えーーーーーー!!!!!」
美生は大声で叫ぶ。
「うるせー」
鹿谷は笑いながら、耳を触った。
「え、え、どういう計算なんです??」
「16からバイトして、高校出てそのまま入社したんすよ。だから今年で入社10年目っす」
「え、でも、すっごー………」
それで東都の副店長まできてしまうとは!!
「すごいなあ……」
美生はパンをかじって、テーブルを見つめた。すごい人というのはいるもんだ。入社歴が違えどおない年で副店長になれる人物がいたとは!!
「ここはすごいっすよ。本当に。全然他店とは違う」
「でしょ!? 私もすごく感じます」
「いや、関さんは主にここでいて、半年あっち行っただけでしょ?」
よく知られている。
「はい」
「それもすごいっすよ。基本的に入社してまず東都なんてヤツは見たことないです」
「え、そうだったんですか…誰も言ってくれないから知らなかったです」
「……他は全然違う。俺はここを目指して仕事をしてたけど、ここがここまですごい店だとは思わなかった。だから最初はすげー大変でしたよ。他とはまるで違う。チェック項目もめちゃくちゃ多いし、監査は月2回あるし、店長は何も教えてくれないし」
「え、関店長ですか?」
「結構放置プレイっすよ。だから自分で頑張るしかない」
あー、そういうところ、確かにあるかもしれない。
「人も多い。人との関係も作りづらい」
ずっとここにいたから気付かなかった。けど、そうなんだろうか…。
「そうなんですね…」
「お疲れ」
思わずずっこけそうになる。
「あ、今日はパンなの」
座る前に指摘され、あーもうなんで私お弁当忘れたんだろう……。
「はい。仕事の事にしか頭が回らなくて、忘れてました」
精一杯弁解はしておく。
「お疲れ様」
関は笑いながら鹿谷の隣に腰かけた。
「久しぶりだねえ」
関は弁当を開けながらそれなりに言ったが、
「はい……」
美生はそのこちらを見ずとも優しく微笑んでくれているような表情に、自らの気持ちを確信しながら答えた。
「どうだった? 阿南」
同じ質問だ。
「…とにかく東都に帰りたい一心で仕事しました」
関は笑う。
「よっぽど帰りたかったんだねえ。それであれだけの成績出してたらすごいよ」
「ほんとですか!?」
「、ん」
関はハンバーグを口に入れながら返事をする。
「途中…帰るって言ったって、東都が自店じゃないんだよとか言われながら」
「うんうん」
関は少し笑って食べたが、
「誰に?」
鹿谷が聞いてくる。
「…他の社員の人に。私、他の人にめちゃくちゃ相談しながら毎日どこをどうするか考えてて、今までで一番仕事をした半年でした」
「これからも続けるといいよ」
関は簡単に言う。
「…………」
それはあまり考えていなかったので、突如として自分の目標が達成されてしまったことに気付いた。
でも確かに、ここで必要な人にならないと、すぐに飛ばされてしまう。
「……ここで必要な人になるって……ここでこの人がいないといけない、ってなるようになるには、何が必要なんでしょうか……」
真剣に自分に問う。
航平は何と答えるだろう。
鹿谷は黙っている。
関はペットボトルのお茶を一口飲んでから、ようやく答えた。
「……この人がいないとダメだということは求められていない。誰だっていつでも替えられるんだよ。逆にそういう風にしていないと店が成り立たない。
その人がいなくても店は開くんだから。逆にこの人がいないという限定的な事になると困る。
だから自分だけが出来ていてもダメ。出来る人が出来ない人を出来るようにしていかないと」
思いもよらない関の言葉に、はっとして声が出なかった。
ただ、残り少なくなったハンバーグ弁当を見つめる。
「関、すごい残業してたでしょ。言われなかった? 他の社員の人に」
航平君の事だとすぐに分かる。
美生は、一瞬だけ目を合せて答えた。
「……残業は多いとは言われたような……」
会うとたいてい飲んでしまうので、記憶もあいまいだ。
「まああれが他の人もできるようになって、自分の残業が減ってたら良かったけど。
徐々には減ってたみたいだけど、それは自分のルーティーン作業が決まってうまく流れてただけだろうし。
でも、東都はまた他とは違うから、監査項目もOKにするという概念をそもそもみんなが持ってるからね」
「…………」
突然自分が分からなくなってしまい、視線を落とす。
「あ、迷宮入りした?」
関は笑いながらもすでに弁当を食べ終えている。
「関、大事なのは、社の4則。お客様への親切。提案。優しい心。それと上品な行動だよ。それが一番大事。どこの店に所属するのかは本社が人事の都合で決めるだけ。ブランドにあぐらかいてちゃいけないよ」
ぐさりと突き刺さった。
自らの言葉がそのまま降りかかってくる。
あの時自分は、その意味を分かって言っていただろうか。
関はそのまま空の弁当を手に持ち、立ち去ろうとする。
「俺にも色々教えて欲しいっすね」
鹿谷が半分笑いながら言う。
関は、ちらと振り返ると、
「行動しても気付かない時は教えてあげるよ」
頭に大石を食らった気分だ。
悔しくて、涙が出た。
自分は仕事ができる気になっていたし、実際出来たからここへ戻れたのに。それにも関わらず、方向性がずれていた。
パンはとっくに食べる気がせず、ハンカチで顔を拭い、俯いてしまう。
新たに目標を立てなければいけない、そう思ったが、今は何をどう考えて良いのか分からず、ただ、「行動しても気付かない」という言葉だけが頭を回った。
やっぱり、ここが私が帰る場所だったんだ!!!
美生は、込み上げてくるものを感じながらその10月1日、店長室へ入った。
関が店長になった2年半前からは役職者が1人でも変更になったその初日は必ず全役職者が揃い、ミーティングをすることになっている。
だいたい3か月に1度あるかないかで、既存メンバー的には必要性をあまり感じなかったが、部外者にとってはそれは必要不可欠であったことを今初めて知った。
店長、副店長2人、部門長6人、副部門長4人、それぞれ席に着き、自己紹介の後、店の状況、方向性などがいつも通り示される。
美生はそれを真剣に聞きながら、どこか安堵していた。
素晴らしいこの場所こそが自分がいるべき場所だと思うと、心の中が満たされてなからなかった。
1つの曇りもなく、ホームエレクトロ二クス一の売上数、接客数、顧客満足度それらを全て実現しているのがこの店なのだ。
ここにしかないここだけの特別なブランド。
今そこに自分が歯車として成り立とうとしている。
位は横滑りで副部門長のままだが、今の自分の力なら部門長までいけるかもしれないし、航平が
ついているからこの先も簡単に見えるに違いない!!!
大満足の中、ミーティングは30分ほどで終わり、顔を知らない副店長の鹿谷(しかたに)、4か月前に新しくなったカウンター部門長野坂(のさか)と少し話をして外に出る。
と、AV副部門長で先ほどまで近くにいた沙衣吏が驚くほどさっと側に寄り、小声で話かけてきた。
「今カウンター荒れてるから、慎重に仕事した方がいいよ」
驚く内容に、詳細を知りたくて立ち止まる。
だが
「ごめん、私急いでるから。また……夜電話する!」
「うん!!!」
そのまま廊下を走って行ってしまう。
その日一日はわけもわからず周囲に気を遣いながら仕事をしたので随分疲れた。
メンバーは同じだから気が知れている。ただ違うのは、部門長が男性になったことと、4月から新人
が入ったこと。
部門長は、にこやかな笑顔を絶やさない人だということはよく分かった。年は30くらいだろうか。カウンターメンバーに聞く限りでは、北区最大店舗の北大で副店長をしていたそうで、カウンター部門長から副店長に上がった人物らしく、役職としては店ランクからいうと横滑り状態で悪くはなさそうだが。
あの笑顔には裏がありそうだなと予感する。そのくらい作られたような完璧な笑顔なのだ。
新人の方はというと、どうも好かれてはないらしい。入社してすぐ研修のまま東都に在籍するということは、美生と同じ流れなので親近感が湧いていたが、どうも女子には好かれにくいタイプのようだ。
となると、男性副部門長から女性に変更したことで、とっつきにくがられるかもしれない。
明日以降が大変だ。沙衣吏に詳しく話を聞かないと、と思う。
初日は朝から出勤していたのにも関わらず、16時になってようやく食事に入れる。
半年前までいた店なのに、早くもその間に他の店の癖が移ってしまったようで、元に戻るまでまだ時間が必要だなと感じながら、菓子パンとイチゴジュースを持ってどこに腰かけようか一瞬考える。
前任の花端副店長に半年前に代わって来た鹿谷副店長が1人で日替わり弁当を食べている。
髪の毛が短く立ち、固く根強そうな毛が若々しさを感じさせる。
美生はあえてその前に腰かけた。
「お疲れ様です。今日のお弁当、ハンバーグなんですね…」
言った途端、弁当を作ることを忘れていたことを思い出す!!
時計は16時16分。トランシーバーでは関店長が食事に入ると言っていなかったのでまだ入っていないとは思うが、時間が被らないことを祈る。
「あぁ……パンですか」
美生はズバリと指摘されたことに大きく後悔しながら、半笑いしつつ眉間に皴を寄せて
「お弁当を忘れて…」
と自分に正直な言い訳をする。
「作ったのに?」
「いえ…作ろうと思っていたんですが、作ることを忘れて」
鹿谷はふっと笑って「へー」とどうでもよさそうに返事をした。
美生は、パンを開けて食べる。美味しい。けど、今の姿を関には見られたくない!
「阿南はどうでしたか? だいぶ良くなったって聞きましたけど」
「え、あ、そうなんですか!」
「違うんですか?」
「え、いや、そうです、そうです! そうだと思いますー」
「苦労したんじゃないですか。あそこのカウンターは癖がある人がいるから」
誰を指しているのか分かったので、
「あ、でも私は大丈夫な感じだったんですよ。ひがまれずに済んだんでわりとうまくいきました」
「そりゃすごい。阿南にもいたことあったんすけど、なかなか……全然ダメでしたね」
「あぁ。合わない人にはすごいみたいですね。え、阿南にはいつ頃いたんですか?」
「えっとー、5年くらい前。入社して3年目くらいの時かな。初めて部門長になったのがそこでした」
「へー、えー………」
咄嗟に計算が思いつかず、
「え、鹿谷副店長って、おいくつなんですか?」
男だし全然大丈夫だろう。
「おない年ですよ。俺ら」
「えーーーーーー!!!!!」
美生は大声で叫ぶ。
「うるせー」
鹿谷は笑いながら、耳を触った。
「え、え、どういう計算なんです??」
「16からバイトして、高校出てそのまま入社したんすよ。だから今年で入社10年目っす」
「え、でも、すっごー………」
それで東都の副店長まできてしまうとは!!
「すごいなあ……」
美生はパンをかじって、テーブルを見つめた。すごい人というのはいるもんだ。入社歴が違えどおない年で副店長になれる人物がいたとは!!
「ここはすごいっすよ。本当に。全然他店とは違う」
「でしょ!? 私もすごく感じます」
「いや、関さんは主にここでいて、半年あっち行っただけでしょ?」
よく知られている。
「はい」
「それもすごいっすよ。基本的に入社してまず東都なんてヤツは見たことないです」
「え、そうだったんですか…誰も言ってくれないから知らなかったです」
「……他は全然違う。俺はここを目指して仕事をしてたけど、ここがここまですごい店だとは思わなかった。だから最初はすげー大変でしたよ。他とはまるで違う。チェック項目もめちゃくちゃ多いし、監査は月2回あるし、店長は何も教えてくれないし」
「え、関店長ですか?」
「結構放置プレイっすよ。だから自分で頑張るしかない」
あー、そういうところ、確かにあるかもしれない。
「人も多い。人との関係も作りづらい」
ずっとここにいたから気付かなかった。けど、そうなんだろうか…。
「そうなんですね…」
「お疲れ」
思わずずっこけそうになる。
「あ、今日はパンなの」
座る前に指摘され、あーもうなんで私お弁当忘れたんだろう……。
「はい。仕事の事にしか頭が回らなくて、忘れてました」
精一杯弁解はしておく。
「お疲れ様」
関は笑いながら鹿谷の隣に腰かけた。
「久しぶりだねえ」
関は弁当を開けながらそれなりに言ったが、
「はい……」
美生はそのこちらを見ずとも優しく微笑んでくれているような表情に、自らの気持ちを確信しながら答えた。
「どうだった? 阿南」
同じ質問だ。
「…とにかく東都に帰りたい一心で仕事しました」
関は笑う。
「よっぽど帰りたかったんだねえ。それであれだけの成績出してたらすごいよ」
「ほんとですか!?」
「、ん」
関はハンバーグを口に入れながら返事をする。
「途中…帰るって言ったって、東都が自店じゃないんだよとか言われながら」
「うんうん」
関は少し笑って食べたが、
「誰に?」
鹿谷が聞いてくる。
「…他の社員の人に。私、他の人にめちゃくちゃ相談しながら毎日どこをどうするか考えてて、今までで一番仕事をした半年でした」
「これからも続けるといいよ」
関は簡単に言う。
「…………」
それはあまり考えていなかったので、突如として自分の目標が達成されてしまったことに気付いた。
でも確かに、ここで必要な人にならないと、すぐに飛ばされてしまう。
「……ここで必要な人になるって……ここでこの人がいないといけない、ってなるようになるには、何が必要なんでしょうか……」
真剣に自分に問う。
航平は何と答えるだろう。
鹿谷は黙っている。
関はペットボトルのお茶を一口飲んでから、ようやく答えた。
「……この人がいないとダメだということは求められていない。誰だっていつでも替えられるんだよ。逆にそういう風にしていないと店が成り立たない。
その人がいなくても店は開くんだから。逆にこの人がいないという限定的な事になると困る。
だから自分だけが出来ていてもダメ。出来る人が出来ない人を出来るようにしていかないと」
思いもよらない関の言葉に、はっとして声が出なかった。
ただ、残り少なくなったハンバーグ弁当を見つめる。
「関、すごい残業してたでしょ。言われなかった? 他の社員の人に」
航平君の事だとすぐに分かる。
美生は、一瞬だけ目を合せて答えた。
「……残業は多いとは言われたような……」
会うとたいてい飲んでしまうので、記憶もあいまいだ。
「まああれが他の人もできるようになって、自分の残業が減ってたら良かったけど。
徐々には減ってたみたいだけど、それは自分のルーティーン作業が決まってうまく流れてただけだろうし。
でも、東都はまた他とは違うから、監査項目もOKにするという概念をそもそもみんなが持ってるからね」
「…………」
突然自分が分からなくなってしまい、視線を落とす。
「あ、迷宮入りした?」
関は笑いながらもすでに弁当を食べ終えている。
「関、大事なのは、社の4則。お客様への親切。提案。優しい心。それと上品な行動だよ。それが一番大事。どこの店に所属するのかは本社が人事の都合で決めるだけ。ブランドにあぐらかいてちゃいけないよ」
ぐさりと突き刺さった。
自らの言葉がそのまま降りかかってくる。
あの時自分は、その意味を分かって言っていただろうか。
関はそのまま空の弁当を手に持ち、立ち去ろうとする。
「俺にも色々教えて欲しいっすね」
鹿谷が半分笑いながら言う。
関は、ちらと振り返ると、
「行動しても気付かない時は教えてあげるよ」
頭に大石を食らった気分だ。
悔しくて、涙が出た。
自分は仕事ができる気になっていたし、実際出来たからここへ戻れたのに。それにも関わらず、方向性がずれていた。
パンはとっくに食べる気がせず、ハンカチで顔を拭い、俯いてしまう。
新たに目標を立てなければいけない、そう思ったが、今は何をどう考えて良いのか分からず、ただ、「行動しても気付かない」という言葉だけが頭を回った。