隠れクール上司 2 ~その素顔は君に見せはしない~
「え」
年末以来のこのパターン。
航平が、店長室のパソコンの前に平然と座っている。
「おはよう。ただの臨店だよ」
こちらを見ないまま、航平は答える。
一言で同じ回想を抱いたらしく、美生は笑いながら、
「もうなんだ……」
と言いかけたが、
「航平さあああん」
後ろから聞き覚えのある声にぞっとして立ち止まった。
こちらを追い越して航平の隣でにこやかに笑顔を振りまいている。しかも、航平の目線に合うように、少し膝をかがめたその女は
「おはよう。若杉さん」
「んもう。私が航平さんって言ってるんですから、風花って呼んで下さいよー」
「ははは。それもいいねえ」
息が出来ない。
頭の中で素早く色々なことが構築されて、確固としたものになっていく。
「航平さん、今日は何時までなんですか?」
「今日は6時までで上がり」
「じゃあ、お食事にでも行きません? 私、良さそうなところ見つけたんですよー」
「さてねえ……」
でも声が笑っている。社交辞令じゃない。
「駅前で近くなんです! 実はもう、予約もしてるんですよ。昨日メールくれた時に速攻思いついたんです!」
私とは違う…先に予約をして、誘うなんて……。
「随分手回しがはやいね」
「そりゃあもう、最高のチャンスですから!」
何のチャンスだ……。
美生はそっと部屋を出た。重要資料を見てからでないと出来ないことがあったが、今は忘れたふりをする。
「アハハハ、もう航平さーん」
開け放たれた扉からその高い声が外に漏れている。
若杉が仕事が出来ていたのは、航平がフォローしていたからだと確信した。
きっと私と同じように電話したり、飲みに行ったりしてフォローしていたんだ。
鹿谷が言っていた。最初から東都ってヤツは他にいないて。私は知り合いだったからそうなったんだ。きっと、若杉もそういうことなんだ!
だからって!
私には入社してすぐには教えてくれなかったし、今日来るなんてメールもくれなかった。
廊下をどんどん歩いて行く。
行かなければいけないのは売り場の方なのに、スタッフルームに戻って来てしまう。
「……」
すれ違った鹿谷が何か言いたそうだったが、そのままにしてくれた。
思い切って、トランシーバーを外しロッカーからバックを取り出す。
「え? 美生?」
偶然更衣室に入って来た沙衣吏に呼び止められて、ようやく手が止まった。
「どしたの?」
目からは勝手に大粒の涙が零れている。
「え……ティッシュ、ティッシュ」
スタッフルームに入り、ボックスティッシュを取って来てくれたが、その頃には涙は口の中に入るほどに流れ落ちてきていた。
「これで拭いて……。
落ち着いたら出てきたらいいよ。なんかあったら電話してくれてもいいし。スマホ持ってるから」
「………」
肩が震えて、うんの一言が出ない。
「ごめん、行くね」
そのまま沙衣吏は慌てて出て行ってしまう。更衣室に用があって来たはずだろうが、多分それを忘れて売り場に戻ったに違いない。
更衣室にはもう誰もいない。
自分でも何故泣いているのか分からなかったし、意味は特になかったので、すぐに涙は乾いてくる。
腕時計を見た。朝の準備がこれでは間に合わない。
「……」
ひょっとして、自分の仕事を若杉が勝手にやっているのではないかと思いついてすぐに準備をし直して、売り場に走った。
長い廊下と階段を下りたせいで息が切れる。
「あ、日報出しておきました。後はパスワードいれないといけない分なので、お願いします」
返事が出来なかった。例え日報を出すだけといっても、それは、副部門長の私だからできる仕事だ。だけど、そう言ってはいけない。
「……ありがとう」
返事だけする。
入社半年。大きな胸。この子にだけは絶対に負けられない。
年末以来のこのパターン。
航平が、店長室のパソコンの前に平然と座っている。
「おはよう。ただの臨店だよ」
こちらを見ないまま、航平は答える。
一言で同じ回想を抱いたらしく、美生は笑いながら、
「もうなんだ……」
と言いかけたが、
「航平さあああん」
後ろから聞き覚えのある声にぞっとして立ち止まった。
こちらを追い越して航平の隣でにこやかに笑顔を振りまいている。しかも、航平の目線に合うように、少し膝をかがめたその女は
「おはよう。若杉さん」
「んもう。私が航平さんって言ってるんですから、風花って呼んで下さいよー」
「ははは。それもいいねえ」
息が出来ない。
頭の中で素早く色々なことが構築されて、確固としたものになっていく。
「航平さん、今日は何時までなんですか?」
「今日は6時までで上がり」
「じゃあ、お食事にでも行きません? 私、良さそうなところ見つけたんですよー」
「さてねえ……」
でも声が笑っている。社交辞令じゃない。
「駅前で近くなんです! 実はもう、予約もしてるんですよ。昨日メールくれた時に速攻思いついたんです!」
私とは違う…先に予約をして、誘うなんて……。
「随分手回しがはやいね」
「そりゃあもう、最高のチャンスですから!」
何のチャンスだ……。
美生はそっと部屋を出た。重要資料を見てからでないと出来ないことがあったが、今は忘れたふりをする。
「アハハハ、もう航平さーん」
開け放たれた扉からその高い声が外に漏れている。
若杉が仕事が出来ていたのは、航平がフォローしていたからだと確信した。
きっと私と同じように電話したり、飲みに行ったりしてフォローしていたんだ。
鹿谷が言っていた。最初から東都ってヤツは他にいないて。私は知り合いだったからそうなったんだ。きっと、若杉もそういうことなんだ!
だからって!
私には入社してすぐには教えてくれなかったし、今日来るなんてメールもくれなかった。
廊下をどんどん歩いて行く。
行かなければいけないのは売り場の方なのに、スタッフルームに戻って来てしまう。
「……」
すれ違った鹿谷が何か言いたそうだったが、そのままにしてくれた。
思い切って、トランシーバーを外しロッカーからバックを取り出す。
「え? 美生?」
偶然更衣室に入って来た沙衣吏に呼び止められて、ようやく手が止まった。
「どしたの?」
目からは勝手に大粒の涙が零れている。
「え……ティッシュ、ティッシュ」
スタッフルームに入り、ボックスティッシュを取って来てくれたが、その頃には涙は口の中に入るほどに流れ落ちてきていた。
「これで拭いて……。
落ち着いたら出てきたらいいよ。なんかあったら電話してくれてもいいし。スマホ持ってるから」
「………」
肩が震えて、うんの一言が出ない。
「ごめん、行くね」
そのまま沙衣吏は慌てて出て行ってしまう。更衣室に用があって来たはずだろうが、多分それを忘れて売り場に戻ったに違いない。
更衣室にはもう誰もいない。
自分でも何故泣いているのか分からなかったし、意味は特になかったので、すぐに涙は乾いてくる。
腕時計を見た。朝の準備がこれでは間に合わない。
「……」
ひょっとして、自分の仕事を若杉が勝手にやっているのではないかと思いついてすぐに準備をし直して、売り場に走った。
長い廊下と階段を下りたせいで息が切れる。
「あ、日報出しておきました。後はパスワードいれないといけない分なので、お願いします」
返事が出来なかった。例え日報を出すだけといっても、それは、副部門長の私だからできる仕事だ。だけど、そう言ってはいけない。
「……ありがとう」
返事だけする。
入社半年。大きな胸。この子にだけは絶対に負けられない。