異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「俺たちはただ、ニンニクの汁を混ぜた酢を毎日飲んでいただけだよ」

「あとはハーブを酢につけ込んだものを飲んだり、身体に塗ったりしてたからかな」

 それを聞いていたシルヴィ治療師長は「だからか」と言って腑に落ちた顔をする。

「そういや、お前らからした酸っぱい匂いって酢だったんだな」

 ハーブビネガーということ?

 彼らの生み出したそれは、ペストの特効薬への近道に思えた。私たちは彼らの背中に回って縄に手をかける。

「教えてくれてありがとうございます。それともうひとつお願いがあるのですが、いいでしょうか」

「えっ、縄を解いたりして大丈夫なんですか?」

 マルクは縄を外す私に驚愕の表情をして、数歩後ずさる。

「お願いをするのに、縄に縛ったままだなんて失礼だもの」

「若菜さん……」

 まだ心配そうな顔をしているマルクに笑みを返して、完全に自由になった盗賊たちの前に回り込み再度頭を下げる。

「私たちは一分でも多く患者の治療をしたい。なので、そのハーブの酢漬けをあなた方が作ってくれませんか?」

「俺たちを信じてもいいのか? 途中で逃げ出すかもしれないぞ」

 目を丸くして試すような言葉を投げかけてく盗賊に向かって、私は笑みを浮かべた。 

「それはあなたたちを口説き落とせなかった私に落ち度があります。なので責めたりもしませんし、今は信じるだけです」

 きっぱりと迷わず言い切れば、盗賊だけでなくシルヴィ治療師長も呆れていた。マルクはというと、いつものように尊敬の眼差しを向けてくる。

「あなたは猪突猛進な方ですね。こちらとしては気苦労が絶えませんが、そこが魅力だと思います」

 ダガロフさんも困ったように笑って、私の意見を尊重してくれた。

 盗賊たちはそんな私たちを見て「わかったよ」と苦笑をもらし、ハーブビネガー作りを手伝ってくれることになった。

 盗賊たちが編み出したハーブビネガーはローズマリーやラベンダー、セージやタイムといった抗菌、殺菌、去痰、鎮痛、抗酸化作用のある薬草が使われていた。それに加え、同じく抗菌作用のある酢でつけ込まれているので、内容的には万能薬と言っていい。

 実際に患者に内服させていくと、感染初期であれば症状が引いていき効果が表れていた。

 しかし、ペスト菌が血液に乗って肝臓や心臓などの他の臓器に伝播してしまった患者は敗血症といって急激なショック状態からの昏睡に至り、二、三日で死亡してしまった。紫斑や手足の壊死が見られる患者はほとんど助けられていない。

 もと早くここに来ていればと、仕方ないことをグルグルと考える。それでも治療する手を止めずに、ひたすら患者に向き合うこと一週間。

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