異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「若菜……さん、俺は……もう、長くはないんですね」
私は一番最初に診た青年のそばに座って、俯いていた。彼は看病をしているときに自分がニックという名前だということ、両親とトウモロコシ畑を営んでいるのだと話してくれた。
初期にハーブビネガーを飲んだのにも関わらず、彼の症状の進行速度が通常より早かったのか、薬効が十分でなかったのか……。ここでは採血をして薬が効いているのかどうかも判断できない。なにがいけなかったのはわからないけれどニックは発症して三日後の今、身体中に紫斑ができた状態で意識も朦朧としている。
ニックの両親は身を寄せ合ってそばで泣き続けている。私は彼に伝える義務があるので、泣くよりも先に治療師の役目を果たそうと顔を上げる。
「っ……おそらく。心づもりはしておいたほうがいいわ」
そう言えば、彼は怖がるでもなくなにかを悟ったように寂しげに微笑んだ。
「まだ、やりたいこと……たくさん……ったのにな」
「そうだよね、まだ二十歳だものね」
声が震えた。視界が涙で歪んでしゃくりあげそうになるのを奥歯を噛んで堪えると、じっとニックの話に耳を傾ける。
「でも今は……誰かに、触れたい」
「ニック……そうよね。あなたに触れるときは手袋越しで、顔は半分も布で隠れてる。切なかったわよね」
まるで化け物に触れるかのような完全防具をした私たちを彼はどんな気持ちで見ていたのだろう。背中をさするのも手を握るのも手袋越しだなんて悲しすぎる。
「どうして……若菜さんには……わかるのかな」
弱弱しく微笑むニックの顔が、記憶の中の彼に重なる。続いて『なんで、若菜お姉さんにはわかっちゃうのかなぁ』という声が聞こえてきた。
湊くんのことを思い出すたび、私は最期を迎えようとする患者を前にこれで正しいのかと自問自答する。
医療に携わる者として失格だと言われてもいい、自分のエゴだと罵られてもいい。私は水瀬若菜としてニックに向き合う。
「ずっと、寂しい思いをさせてごめんね」
私は革製のガウンを脱いで手袋を外し、口元の布の結び目に手をかける。みるみるうちに目を丸くするニックの前で布を外して見せた。
「ニック、あなたの願いを叶えます」
「え……」
言葉を失っているニックの手を躊躇せずに握りしめ、その頬に触れる。今は自分が感染するかもしれないとか、そんな野暮な考えは浮かばなかった。ただ、ニックが望んでいることをしてあげたい一心だった。
私は一番最初に診た青年のそばに座って、俯いていた。彼は看病をしているときに自分がニックという名前だということ、両親とトウモロコシ畑を営んでいるのだと話してくれた。
初期にハーブビネガーを飲んだのにも関わらず、彼の症状の進行速度が通常より早かったのか、薬効が十分でなかったのか……。ここでは採血をして薬が効いているのかどうかも判断できない。なにがいけなかったのはわからないけれどニックは発症して三日後の今、身体中に紫斑ができた状態で意識も朦朧としている。
ニックの両親は身を寄せ合ってそばで泣き続けている。私は彼に伝える義務があるので、泣くよりも先に治療師の役目を果たそうと顔を上げる。
「っ……おそらく。心づもりはしておいたほうがいいわ」
そう言えば、彼は怖がるでもなくなにかを悟ったように寂しげに微笑んだ。
「まだ、やりたいこと……たくさん……ったのにな」
「そうだよね、まだ二十歳だものね」
声が震えた。視界が涙で歪んでしゃくりあげそうになるのを奥歯を噛んで堪えると、じっとニックの話に耳を傾ける。
「でも今は……誰かに、触れたい」
「ニック……そうよね。あなたに触れるときは手袋越しで、顔は半分も布で隠れてる。切なかったわよね」
まるで化け物に触れるかのような完全防具をした私たちを彼はどんな気持ちで見ていたのだろう。背中をさするのも手を握るのも手袋越しだなんて悲しすぎる。
「どうして……若菜さんには……わかるのかな」
弱弱しく微笑むニックの顔が、記憶の中の彼に重なる。続いて『なんで、若菜お姉さんにはわかっちゃうのかなぁ』という声が聞こえてきた。
湊くんのことを思い出すたび、私は最期を迎えようとする患者を前にこれで正しいのかと自問自答する。
医療に携わる者として失格だと言われてもいい、自分のエゴだと罵られてもいい。私は水瀬若菜としてニックに向き合う。
「ずっと、寂しい思いをさせてごめんね」
私は革製のガウンを脱いで手袋を外し、口元の布の結び目に手をかける。みるみるうちに目を丸くするニックの前で布を外して見せた。
「ニック、あなたの願いを叶えます」
「え……」
言葉を失っているニックの手を躊躇せずに握りしめ、その頬に触れる。今は自分が感染するかもしれないとか、そんな野暮な考えは浮かばなかった。ただ、ニックが望んでいることをしてあげたい一心だった。