異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「あったかい……あったかい、です……っ」

 私の手を握り返して、涙を流すニック。つられて泣きそうになるのを我慢しながら、口角を無理やり引き上げて頷いた。

「心細いとき、人の温もりに触れるとホッとするよね。今それが必要なのはあなただったのに、もっと早く手を握ってあげられなくてごめんなさい」

「なにを言ってるん……ですか。俺に触れたらうつるかも、しれない……のに、お人好し、ですね」

「あなたは口が達者ね。うちの治療師長みたい」

「ははっ……若菜さんも負けて、ない……けどね」

 こんなときになぜ冗談を?と思うだろう。でも、こんなときだから冗談を言って笑える時間が必要だった。

 胸を抉るような悲しみに重くなっていた空気が少しだけ軽くなると、泣きじゃくっていた両親もそばにやってくる。

 彼らも手袋を外そうとしたが、ニックが「そのままでいい」と止めた。自分のせいで両親を感染させたら罪悪感を抱えて死んでいくことになる。だから、両親の分まで私が人の温もりを彼にあげようと決めた。

「父さん、母さん……ありがとう。先に逝って待ってるから……ふたりはゆっくり、会いに来てよ……」

「ああ、よく頑張ったな。ニックの分も生きてからそっちに行くよ」

 お父さんは私の握っている手とは反対の手を握る。お母さんはニックの頭を撫でて「生まれてきてくれてありがとう」と精一杯に笑う。

「う、ん……約束……」

 そう言って、ニックは眠るように目を閉じた。朦朧とする意識の中でおそらく最後になるだろう家族との逢瀬を果たせたのだ。

「ニックぅぅ、ああああっ」

 彼の身体に縋ろうとするお母さんをお父さんが後ろから抱きしめて引き留める。こんなときに抱きしめてあげることもできない。その痛みは私では図りしえない。

「お父さんとお母さんは、ニックの分まで長生きしなければいけません。ですから、お二人の代わりに私が――」

 ニックの上半身を抱き上げ、頭を膝に乗せる。

「これからニックは心臓が鼓動を止めるまで眠り続けると思います。でも、こんな話があります。目を開けることや話すことができなくても、耳は最後まで残るって」

 昏睡状態になったニックの頭を撫でながら、私は彼の両親を見つめる。

 彼がちゃんと家族と話せてよかった。湊くんは会いたい人に看取られることなく逝ってしまったから。

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