異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「話しかけてあげてください。一方的でもいい、声を聞かせてあげてください。終わりを迎えるそのときまで」

 そう言えば、ふたりは納得したように何度も頷いてくれた。私はしばらく彼を抱きしめると、そっと床に寝かせる。ニックの両親に「ありがとうございました」と何度も頭を下げられながら、後を託してその場を離れようと立ち上がった。そのとき、目の前に信じられない人物がいることに気づく。

「う、そ……どうしてここに?」

 自分の目を疑う。動揺して、人目があるのに敬語を使うのを忘れてしまった。

 私はゆっくりと近づいて足を止めると、彼の琥珀色の瞳を見上げる。

「シェイド、感染症が収まってきたとはいえ危険なのには変わりないのよ?」

「あなたが無茶しているんじゃないかと思って、気が気じゃなかったんだ。もちろん、ここでやる仕事もあったから来た」

「とにかく、こっちに来て」

 そう言って彼の腕を掴もうと伸ばした手を止める。

 私はニックに素手で触れてしまった。すでに病原体の宿主になっている可能性がある。彼にうつしたりしたら大変だ。

 私は手を引っ込めて自嘲的な笑みをこぼし、「ついてきて」と彼を施療院の中庭に連れてくる。ここは木々も花も噴水の水も枯れ果てているが、青い空が心を晴れやかにしてくれるちょっとした生き抜きスポットだ。

 そよぐ風が心地いい。私は久しぶりに布越しではなく口から新鮮な空気を吸えることに小さな幸せを感じると、改めて数歩離れた場所に立つ彼に向き直り尋ねる。

「こっちでやる仕事って?」

「生活物資を届けにきたんだ」

「それはあなたでなくても出来るでしょう?」

「ネズミの駆除もしなければならないだろう」 

「それも王子でなくともできるはずです」

 問い詰めるように強く見据えると、シェイドは肩をすくめた。曖昧に笑って頭を掻くと、静かに言葉を紡ぐ。

「若菜は他人には優しいが、その分自分をないがしろにする」

「私はないがしろになんて……」

「そのつもりはないんだろうけど、俺は危なっかしくて目が離せない。さっきだって感染者に防具なしに触れただろう」

 見られていたんだ。

 だとしたら、心配をかけてしまっただろう。私が気づいていないだけで、今までも彼の肝が冷えるような行動を私がとってきたのかもしれない。

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