異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「心配して来てくれたのに、突っぱねるようなことを言ってごめんなさい。私もあなたが感染したらと思ったら、怖かったの」

 責めるような言い方になってしまったことを反省していると、急に目の前が陰った。私はいつの間にか俯いていた顔を上げる。

「俺も同じ気持ちだ」

 鼻先がぶつかりそうな距離に、シェイドはいた。いつもの柔らかさは欠片もなく、ただ真剣な眼差しが私に注がれる。

「口だけではなく誰かのために行動できるところが、あなたの魅力だ。その性格を好ましく思うのと同時に、危険な目に合わせないよう閉じ込めておきたいとも思う」

 ふざけているわけでもなく、束縛をほのめかすような発言をする。彼の好青年の仮面の裏にいる素顔が見えた気がした。

 私が思っている以上に、彼の愛情は熱烈だ。私がその想いを受け入れられなくても関係ないとでも言うような強引さがある。

「自分では冷静なほうだと自負していたのだが、その考えは改めよう。俺はあなたのことになると、翻弄されてばかりだ」

 真顔を少しだけ崩して苦笑したシェイドは、私の頬に手を伸ばす。それにハッとした私は「い、いけません!」と叫んで後ろに飛びのいた。

「見ていたならわかるでしょう? 私は感染者に触れてる。あなたにうつってしまうかもしれないから、近づかないで」

 今ならニックが両親に手袋をつけたままでいいと言った理由が痛いほどわかる。誰だって大切な人に生きていてほしいから。

「無理な相談だな」

 後ずさる私をシェイドは追いかけてくる。あろうことか口元の布を剥ぎ取り、手袋やガウンをその場に脱ぎ捨てていく。

「来ないで、駄目よ。あなたは王子になって、たくさんの人の未来を明るく照らすの。ここで死んでいい人じゃない」

 私は壁際に追い詰められ、逃げ場を失った。背中に冷たく硬い石の感触がしたと思ったら、私の顔のすぐ横に彼は両手をつく。

「若菜がいないと、俺の未来は闇に閉ざされる」

 見下ろしてくる彼の瞳の強さに、私は息を吞んだ。魅入られて体が動かなくなり、抵抗も敵わずに顎を掴まれる。

「触れたらだめっ」

 悲鳴に近い声で叫ぶ私とは対照的に、彼はフッと微笑んでいた。

「泣きそうな顔だな」

 慰めるように目尻に指先を這わせて来るシェイド。私は彼にペストがうつってしまったらと、怖くてたまらなくなった。

 身を縮こまらせて絶望的な気持ちで彼を見つめていると、優しく髪を梳かれる。

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