異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「そうでしたか……! 治療師も負傷していて、今は手が足りないんです。若菜さん、どうか力を貸してはもらえないでしょうか」

 この戦場にひとり取り残されたら、私は生きていけない。私は目の前で救えなかった命の分だけ、看護師としてあの場所で患者と向き合っていかなければならないのだ。

 湊くんの手の感触、最後の言葉を思い出しながら、自分のいた世界への帰り方を見つけるまでは死ねないと強く思う。

「わかったわ、私にできることならなんでもする」

「敗戦軍である僕たちに手を貸してくださるとのこと、感謝します」

 行き場のなかった私は覚悟を決めると、頭を下げるマルクに連れられて幕舎の中に足を踏み入れる。

「これは……っ」

 血と汗が混じり、奇妙な臭気を充満させたそこは惨状だった。薄っぺらい敷物に寝かされている兵たちの創部は壊死し、蛆虫までわいている。兵士たちの傷口には包帯ではなく端切れ布が巻かれており、十分な処置道具もないのだと悟った。

「ここにいる負傷兵の中で、優先して見る必要がある人はいますか?」

 今にもパニックを起こしそうなほど、気が動転している。それでもここで与えられた私の役割を全うするために恐怖や不安には一切目を向けず、気持ちを切り替えた。

「でしたら、騎士の方々を優先してください」

 先ほど足の手当てをした男性を幕舎の端に座らせると、マルクに腕を引かれて幕舎の奥に連れていかれる。

「騎士?」

「月光十字軍はシェイド王子と、ふたりの騎士が率いる三部隊から成るのです。この国で騎士は軍事において、王の次に意見することが許される権限をお持ちになります」

 それってつまり、身分が高いから騎士を優先しろということよね。でも、私は身分も敵も味方も関係なく平等に診る。

「とりあえず傷は診るわ。でも、他に優先させるべき負傷者がいるのなら、私は後回しにします」

 そう口にした瞬間、この場にいた全員が絶句した。張り詰める空気に思わず足を止めてしまう。失礼なことを言ってしまったのだろうが、私は誰に仕えているわけでもないので考えを改めるつもりはない。 

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