異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「シェイド……」 

 私は目の前の軍服の裾を掴む。するとこちらを振り返った彼は、私を安心させるように柔らかく微笑んで視線を兵へ戻した。

「この俺がシェイド・エヴィテオールと知っての狼藉か。まさかとは思うが、エヴィテオール国第二王子の名を忘れたわけではあるまい」

 落ち着いた声の中に聞く者の動きを封じる気迫を感じる。門番も兵も戸惑うように顔を見合わせており、構えた武器は震えていた。

 その場の空気がいっそう張り詰めたとき、「お帰りなさいませ、王子」と聞きなれた声が聞こえてくる。視線を向ければ、飄々とした態度で手を挙げるアスナさんがいた。その隣には肩にかかった赤髪をサッと手の甲で払うローズさんの姿もある。

「まったく、帰ってくるのが遅いのよ」

「ローズ、王子に対してその口の利き方はなんだ。前々から言おうと思っていたのだが、騎士がそのように長い髪をまとめずに……」

 この状況でダガロフさんは説教を始めた。ローズさんも「団長にはあたしの美的センスは理解できませんよ」と反論しており、なんとも気が抜ける騎士たちである。

 そんな彼らにシェイドの雰囲気も柔らかくなった。口元に苦笑いを浮かべて、彼は信のおける仲間たちの顔を見渡す。

「お前たちが無事でなによりだ」

「俺とローズはミグナフタの軍事司令官殿から砦にいる兵の剣術指導を頼まれましてね。王子がエグドラの町に立ってすぐ、俺らも城を出たんですよ」

 アスナさんは説明しながら、「俺、昔から強運なんですよ」と付け加える。楽観的なアスナさんに、ローズさんは呆れた顔をする。

「あたしたちは王子より一時間前に城に帰ってきてたんだけど、不穏な空気が漂ってたから様子見をしていたのよ」

「そこへ俺たちが帰ってきたというわけか……さて」 

 言いかけたシェイドは門番や兵に向き直り、話を元に戻す。

「あなたたちを悪いようにはしない。どういうことか、説明してくれるだけでいい」

 シェイドも彼らの迷いを見抜いていたのか、腰の剣を抜くことなく穏やかな口調で語りかけていた。それが功を成して、門番や兵は武器を下すと眉尻を下げて口を開く。

「実は城ではエグドラの町で流行っていたと思われる感染症が蔓延して、陛下がお倒れになったのです。その疫病を持ち込んだのはシェイド王子だとバルトン政務官が……」

 シェイドは命がけでミグナフタの民を助けようとしたというのに、城にペストを持ち込んだなどと濡れ衣を着せるなんてあんまりだ。

 こみ上げてくる怒りに震えていると、シェイドは大して驚いた様子もなく「なるほどな」と呟く。

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