異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「「ここは任せてください、王子」」

 ふたりの声が重なり、頼もしく廊下に響く。シェイドは無言で頷き、私の手を引いて駆け出した。

 すれ違いざまにダガロフさんが「王子は俺に任せろ」と言っているのが聞こえる。絶対的な信頼で繋がっている彼らの仲間であることを誇らしく思った。

 シェイドに手を引かれて部屋の前まで行くと、アシュリー姫が扉に縋りついて泣いているのを発見する。 

「アシュリー姫!」

 シェイドが声をかけると、アシュリー姫は弾かれるように顔を上げる。大きい彼女の瞳が見開かれていき、大粒の涙が零れ落ちた。

「――シェイド様っ」

 アシュリー姫は立ち上がってシェイドに抱き着く。その拍子にシェイドと繋いでいた手が離れた。

「姫、なにがあったんです?」

 彼女を受け止めたシェイドはその背を摩りながら、ゆっくりと尋ねる。

「シェイド様が城を発ってから、城内で病にかかる人が増えたの。それでお父様も……」

「怖い思いをされましたね。ですが、もう大丈夫ですから」

「はいっ、シェイド様がそばにいてくださるなら安心できますわ」

 アシュリー姫はシェイドの腰に腕を回している。閉じ込めてきた想いの蓋を開けてしまったせいで、抱き合うふたりの姿に胸が痛む。アシュリー姫はお父様が大変なときで、心がひどく傷ついている。慰めるのは当然のことなのに嫉妬してしまう自分が嫌になって、そっと目をそらした。

「若菜さん、気分が優れませんか?」

 不自然に顔を背けている私の顔をダガロフさんが心配そうにのぞき込んでくる。私はぎこちなく笑って、色恋に現を抜かしている場合じゃないと自分に言い聞かせた。

 なにか言いたげな顔をして口を開いたダガロフさんだったが、シェイドの「行くぞ」という声にすぐ唇を引き結ぶ。

 シェイドは扉の取っ手に手をかけようとして、しがみついたままのアシュリー姫に視線を落とすと小さくため息をつく。

「アシュリー姫、ロイ国王は感染している。あなたは外で待っていてください」 

「いやよ! お父様のことも心配だし、一緒に行くわ!」

 離れるどころかさらにシェイドに抱き着くアシュリー姫。頑として自分の意見を曲げない彼女を引き剥がすのは難しいので、皆で中に入ることになった。

 部屋に入ると中央にある大きな天蓋つきベットに、ロイ国王陛下が横たわっている。しかもそこにはもうひとり、国王陛下に向かって剣を振り下ろそうとしているバルトン政務官がいた。

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