異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「やめて!」

 叫びながら、なにも考えずに飛び出していた。背中越しに「若菜!」と焦ったように私の名前を呼ぶシェイドの声が聞こえる。それでも、これ以上バルトン政務官に人の命を奪われてたまるかと体当たりする。

 バルトン政務官は「くっ」とうめいて、二、三歩後ずさると剣を振り上げた。私はとっさにアシュリー姫を胸に抱き込む。

 ――斬られる!

 もうダメだと強く目をつぶり衝撃を覚悟したのだが、いっこうに痛みは襲ってこない。恐る恐る目を開けると、バルトン政務官の首元にはシェイドの剣とダガロフさんの槍が突きつけられていた。

「その女性を傷つければ、あなたの首が飛ぶことになる」

 凛然と剣を向けるシェイドの姿に、私の目には涙が滲む。

「我が主に害を成すのなら、この槍がお前を貫くぞ」

 そう言ってくれたダガロフさんの顔も涙で見えない。瞬きをすると頬を雫が伝い、それを見たシェイドの眉間に皺が寄る。怒りを抑え込むように息を吐いて、眼光炯々としたシェイドは語気を強めて告げる。

「大事な者に手を出されれば、いくら俺とて容赦はできない。その首、少しばかり削ぎ落としておいたほうがよさそうだな」

「ひいぃっ、それだけはお助けをっ」

 情けない顔を出して後ろによろけたバルトン政務官は尻餅をつく。

 自分は散々命を軽んじてきたというのに助けてくれだなんて虫のいい話だ。一体どの口が言うのだと私は拳を握りしめて立ち上がり、バルトン政務官と正対する。

「まだやりたいことがたくさんあるって涙を流しながら、あの施療院で亡くなった患者は数えきれないほどいたのよ」

 この男のせいでニックも他のエグドラの町の人も亡くなったのだと思うと悔しくて、バルトン政務官に涙混じりの声を聞かれることが心底嫌だった。なのに、堪えきれない怒りが嗚咽になって口から出てしまう。

「っ……あなたがっ、故意に疫病を振り撒いたせいで……っ」

 言い足りないことが五万とある。けれど無念に死んでいった患者の心残りや怒りや悲しみが津波のように胸に押し寄せてきて言葉にならない。

 唇を噛んで、せめてもの反抗にバルトン政務官を睨んだ。

「ダガロフ、バルトン政務官を縛り牢へ繋いでおいてくれ。これ以上、若菜にこの男の醜態を見せたくない」

 シェイドは政務官の身柄をダガロフさんに預けると、剥き出しの剣を鞘に戻しながら私の元へ歩いてくる。剣をしまって自由になったシェイドの両手がこちらに伸びてくると、息苦しいほどに強く抱きしめられた。

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