異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
 素材は絹のようで肌触りがいい。袖は立体的に膨らんで二段になっており、袖口には華美すぎない少量のレースががあしらわれていた。

 前髪をサイドに流されハーフアップにされると、長い黒髪は縦に巻かれる。最後にドレスと反対色のサファイアの耳飾りに、ペンダントをつけられて大広間に向かうように言われた。

 しかし、私は大広間ではなく薔薇園に足を進めていた。厄病騒ぎが終息したことは喜ばしいことだけれど、この手で救えなかった者たちのことを思うと罪悪感が拭えない。

 マルクと舞踏会に行くからと仕事を早く切り上げたシルヴィ治療師長にも、いちいち自分を責めていたら治療師なんてやっていけないぞと言われた。

「わかってる、そんなこと――……」

 呟いて、月光を直視する。目を焼くような太陽の煌きとは違って、淡く優しい光が心地よい。ドレスと同じ色の薔薇の間を歩きながら、私は庭園の中央で立ち止まった。

 ひんやりとした風が髪を揺らし、薔薇の花弁が舞う。濃紺の空に散らばる深紅の星のように幻想的な光景にしばし目を奪われていると、そばで土を踏む音が聞こえた。

「このようなところにひとりで……。城内といえど、危ないだろう」

 肩で息をして大股でそばにやってくるのは夜が似合う王子、シェイドだった。心なしか眉間に皺が寄っている気がするのだが、気のせいだろうか。

 シェイドは目の前にやってくると、少し不機嫌そうに私を見下ろす。

 珍しいな、この人が笑ってないなんて。

 そんなことを呑気に考えていたら、シェイドは腕を組んでため息をついた。

「本当にあなたは自分のことには疎いな。ひとりでいるときに、その美貌に狼がたかってきたらどうするつもりだ」

「まさか、私は平凡な女だから心配は無用よ」

「まったく、なにもわかっていないな」

 呆れるように言葉をもらすと、シェイドの腕が私に向かって伸びてくる。ドレスの胸元同様に大きく開いた背中に彼の素手が触れ、腰に回った。

 驚きに目を丸くしていた私は瞬く間に抱き寄せられる。鼻先がぶつかりそうな距離で、透き通った琥珀の瞳に見つめられた。

「あなたはどの社交界の花より美しい」

「シェイド、いきなりどうし……」

 言いかけた言葉は、彼の親指が私の唇を撫でたために途切れる。指を何度もさするように動かして、感触を確かめているようだった。

「俺は無粋な手に汚されぬよう、手折られぬように守りたいと思っている。なのに本人に危機感がないとは困ったものだ」

 その手が頬をさすり髪を梳く。吐息が前髪をくすぐり唇を掠めた。心臓が壊れそうなほど脈打ち、彼に触れられた部分から熱が全身に灯る。 

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