異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「約束、果たせてよかった」

 ふいに私の姿を上から下まで眺めたシェイドがフッと笑う。

「言っただろう。隣国に渡れたら、うんと着飾るってな」

「あ、そういえば……」

 月光十字軍がミグナフタ国まで逃げている最中、エヴィテオールの荒れ果てた町でのこと。シェイドは『もし、無事に隣国に渡ることができたら、そのときは若菜をうんと着飾ることにしよう』と言った。まさか、今も覚えてくれていたなんて思いもしなかった。

「あれ本気だったの?」

 目を瞬かせると、シェイドは面食らった顔をして「冗談だと思っていたのか?」と聞き返してくる。図星を突かれて引き攣った笑みを返すと、シェイドは額に手を当てる。

「思ってたんだな」

「ごめんなさい。でも、あんな些細な話を覚えててくれたなんて嬉しいわ。ということは、このドレスは……」

「俺が仕立てさせた」

 彼の返事を聞いた途端、今身に着けているもの全てが特別な贈り物のように思える。胸にこみ上げる喜びに自然と緩む私の頬へシェイドの無骨な手が触れる。彼は満足げに口角を上げていた。

「あなたの艶やかな黒髪と意思の強さには赤が似合う。できれば広間でともに踊りたかったのだが、待ち人がいつになっても現れないから探しに来た」

 だからメイドは大広間に行くように言ったのかと納得する。でも、今回の主役であるシェイドが抜けてもよかったのだろうか。そんな私の考えを見透かしたのか、シェイドは肩を竦める。

「仕方ないだろう。全てがひと段落したら、あなたを抱きしめて甘やかせてやりたいと思っていたんだ。なのに……やれ舞踏会だなんだって時間を作ってやれなかった」

「甘やかす?」

 何の話だと首を傾げると、シェイドの表情は少しだけ陰る。

「あなたは今回の厄病騒ぎで酷く胸を痛めていた。これは俺の憶測だが、失われた命を思い舞踏会に出るのは気が引けたのだろう」

「どうして……」

「わかる。好いた女性のことだからな」

 ――まただわ。

 シェイドの言葉が年相応に砕けると、私の心臓が激しく鳴って落ち着かなくなる。それはきっと、今自分の目の前にいる彼が素であるからなのだろう。つまり王子という身分も体裁も振る舞いも全て脱ぎ捨てて、シェイド・エヴィテオールというひとりの人間として私に接してくれていることが嬉しいのだ。

 高鳴る胸をそっとおさえて目を伏せると、彼の手が顎にかかって顔を上げさせられる。

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