異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「あのとき、バルトン政務官に向かって意見していたあなたは言葉を紡ぐたびに自分の心の傷口を抉っているように見えた。ボロボロのあなたに働けなどと言ってしまったことが心残りでな」

 真っすぐな視線と言葉に、私の意識は釘づけになった。

 あの日からずっと自分のことを気にかけてくれていたのだと知り、ますます彼の優しさに心惹かれる。

「吐き出しきれなかった思いの全てを俺に聞かせてほしい。今日はあなたのためだけに、この身も心も時間も捧げる」

 シェイドは私の後頭部に手を添えて、自分の胸に押しつけるようにする。彼を生かす心臓の鼓動に後押しされて、私はポツリとこぼす。

「……私、とっても腹が立っていたわ。ううん、今も許せなくて……でも、ぶつける相手もいなくて涙ばかり出るの」

 シェイドの軍服を縋るように掴み、小さく漏れる嗚咽を閉じ込めるために唇を噛む。そんな私に気づいた彼は、それをやめさせるように唇に親指を差し込んだ。蓋を外されたせいで、私は「ううっ」と声を出してしまう。

 目から大粒の雫が零れ落ちていくのを止めることができずにいると、シェイドは額を重ねてくる。

「怒りたいのなら怒れ、泣きたいのなら泣いていい。俺は若菜の感情を全て受け止める」

 そのひと言で私の標準装備である虚勢が壊れ、胸の内に溜まっていた感情がするりと唇から滑り出る。

「私が抱きしめた男の子、ニックっていうんだけど……。あの子、まだやりたいことがあるのにって私に言ったの。でも、私はやりたいことのうち、誰かに触れたいっていう願いしか叶えてあげられなかった……っ」

 何も言わずに抱きしめてくれているシェイドの背に手を回した。切なく痛む胸が彼と溶け合う体温に和らいでいく。

「ふ、ううっ……もう、理不尽に誰かの未来が奪われるのを見たくないの……」

 話していくうちに自分がこれからどうしていきたいのか、自分の気持ちが整理されていく。私は涙に濡れて悲惨だろう顔でシェイドを見上げる。

「私はただ治療していればいい、それが自分のやるべきことだって信じてた。でも、それだけじゃ守りたい人を守ることは出来ないんだ思う。だから私は――言葉の裏にある真実に目を向けて、誰かが犠牲になる前に未然に防げるようにもっと頭で考えるわ」

 おそらくシェイドは媚び諂いや虚偽にあふれる世界で生きている。命を狙われることは日常茶飯事なのだろう。だからこそ、私の存在が彼の弱点になってしまわないように、おこがましいけれど守れるように強くなりたいと思う。

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