異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「驚いたな」

 そう切り込んでくるとは思わなかったのか、シェイドの表情に驚きの色が滲む。私の顔をまじまじと見つめ、瞬きとともに流れた涙を唇で掬われる。

「シェイド、なにを……っ」

「若菜というひとりの女性がますます愛しくなった。その純真さと気高さは誰にも汚すことは出来ないのだろう。改めて惚れ直した」

 包み隠さず伝えてくる想いに胸が熱くなる。

 命がけで私を抱きしめてくれる人は、世界中どこを探しても彼しかいないだろう。好きだと言いたい。打ち明けてしまいたくても、三十年間生きてきた帰るべき世界のことが頭にちらつく。それに相応しい身分の女性が彼の隣を歩くべきだ。

 早く私のことを忘れてくれたら、そう思う自分ともっと求めてほしいと欲張りになる自分とがせめぎ合っている。

 複雑な気持ちでいる私に気づいてか、シェイドは繋いだ手の甲に唇を押しつけてきた。

「いつまでも待つ。若菜が俺を求めてくれるその日まで」

「――っ、ありがとう……」

 見返りのない優しさをくれるあなたが好き。

 心の中で密かに告白をして泣き笑いを浮かべると、シェイドが息を詰まらせる。

「ずるいな……。理性を強く持たねばと思った次の瞬間から、あなたは俺を惑わせてくる」

「どういう意味?」

「あなたが可愛らしいという意味だ」

 シェイドは僅かに頬を上気させ、私を横抱にして立ち上がる。私はとっさに彼の首に腕を回して、少し高い場所からシェイドの顔を見下ろした。 

「きゅ、急にどうしたのよ」

「今だけはあなたがどこにも消えてしまわないように、この腕に抱いていたい」

 軽々と私を抱き上げる彼の腕に力がこもる。

 彼は聡い人なので、私が元いた世界のことを思い出していたことに気づいていたのだと思う。笑みを浮かべる彼の目はいつでも真剣で、私の帰るという決意さえも揺さぶってくるから困る。

 甘く香るのは薔薇か、月光の王子か。私を惑わせるものの正体に気づいていながら、気づかないふりをする。そして曖昧なこの関係ができるだけ長く続くことを願った。

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