異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「若菜さん、行ってきます」

 幌馬車が足を止めると、治療道具が入った鞄を背負うマルクが振り返る。私は両腕を広げて、ここで降りる治療師の皆を抱きしめた。

「皆、どうか気をつけて。どんなときでも生きることを諦めないで」

 それを聞いたマルクたちは凛々しい笑みを浮かべて頷き、幌馬車を出た。

 抗戦する兵たちの隙間を縫って幌馬車はようやく城門前に到着する。黄金の格子門は突き破られ、怒号や金属がぶつかり合う音がいっそう激しさを増していた。

 ここからは治療師も城門前に残る者と最も危険な王宮内に入る者とに分かれる。私はできるだけシェイドに近い場所にいたかったので、もちろん後者だ。

「皆、行くわよ!」

 王宮内に入る十二人の治療師を連れて、私は庭園を進む。剣を振るう兵のすぐそばを通らなくてはならないため、死と隣り合わせである恐怖から何度も足がもつれそうになる。

 黒煙に曇った空の下、どれくらい走っただろう。目の前に弓型の曲線を多用したロココ建築の王宮が見えてくる。

 正面玄関から中に入ると白い浮彫の漆喰装飾や白亜の大理石でできた大階段に出迎えられた。ロビーのようなこの場所の両サイドには廊下があるのだが、いくつもある窓のカーテンに火が燃え移っており、その黒煙の中に折り重なるようにして人が倒れているのが見えた。これではどちらが敵なのか味方なのか、判別が難しい。

「ここで倒れている兵の治療をする者と、先に進む者とで二手に分かれましょう」

 私の指示に頷く治療師たちはこの世界に来てからずっと私が指導してきた者たちなので、力量も性格もある程度把握している。私はそれを加味して被害が多いこの場所に九名の治療師を残していくことにした。

「女、シェイド王子は二階廊下の突き当たりにある大広間にいる。さっさと援護に迎え!」

 敵の剣を自身のロングソードで受け止めながら、エドモンド軍事司令官がそう教えてくれる。私は「はい!」と手短に答えて敵を蹴散らしていく彼を見送る暇もなく、他の二名の治療師と共に中央の大階段を上がっていった。

「ここも負傷者が多いですね」

 二階の廊下にも屍の道が出来上がっていた。血の匂いが絨毯や壁紙にも染み込んでいるのか、吐き気を催す。咄嗟に口元を押さえた私はしっかりしないと、と自分を叱咤して他の治療師たちを見た。

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