異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「あなたたちはここにいる負傷兵の手当てをお願い」

「分りました。若菜さんもお気をつけて!」 

「ええ、必ず皆で無事に再会しましょう」

 ふたりにこの場を任せて、私は廊下の一番奥を目指して走る。すると王宮に攻め入るまでまともに休めなかったせいか、脇腹の傷がズキリと痛み出す。

「うっ……まさか……」

 恐々と手を伸ばして脇腹に触れると、癒着しきっていない傷が開いたのだろう。血が真っ白の制服に真紅の滲みを形成し始めていた。

 でも、この先に私の手が必要な人が待っているかもしれない。シェイドの安否だって気になる。ここに治療師は私しかいないんだから、へばっている場合じゃない。

 傷口を押さえながら、私は構わず走った。そして大広間の扉の前にやってくると、勢いよく開け放った。

「シェイド!」

 中に入ると真っ直ぐ伸びた赤い絨毯の上に立つ、シェイドの姿を発見する。他にもアスナさんやローズさん、ダガロフさんがシェイドの隣に並んで王座に座る男性に剣先を向けていた。

「おや、あなたが水瀬若菜か。優秀な治療師だと聞いているよ。我が軍の形勢が逆転するほどの手腕だとね」

 王座に座っていた茶色の長髪と揃いの瞳をした男性が立ち上がる。興味深そうに目を細める彼は誰かの顔にそっくりだった。

 この人、どこかで見た気がする。

 異世界に来てから彼と会ったことがあっただろうかと、自分の記憶に問いかけてみるけれど残念ながら思い出せない。

「兄上、あなたに逃げ場はもうない。王位は諦めて同胞を手にかけた罪を償え」

 シェイドは声音こそ静かだが、そこには刺々しい殺気が滲んでいる。

 そう、彼がニドルフ王子なのね。腹違いとはいえ、シェイドと全然似ていないわ。

 シェイドと同じ金の肩章がついた紺の軍服に王宮騎士団の紋章が刺繍された丈の長い黒のマントを身に着けている二ドルフ王子。その話し方も物腰が柔らかそうで、とてもじゃないが実弟を手にかけたとは思えない。

 否、思いたくないのだ。兄と剣を交えるようなことになれば、傷つくのはシェイドの心だ。どんなに憎かろうと、肉親を失う痛みは平等にやってくると思うから。

「シェイド、お前はここで俺を討ってでも王になると言い切れないから弱いままなんだよ」

 神経を逆なでするように鼻で笑いながら、ニドルフ王子は王座の背もたれの縁を手でなぞる。

 味方である王宮騎士団の騎士たちは床に倒れ、絶体絶命と言っても過言ではない状況下にいる彼からはなぜか余裕を感じる。

 シェイドもその違和感を訝しむように「なに?」と片眉を持ち上げた。

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