異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「王に必要なもの、それはなにがあっても利益を選び取る決断力と情を切り捨て弱みを持たないことだ。生半可な覚悟でここに座れば、王座の魔物に飲み込まれるぞ」

 王座に寄りかかりながら、ニドルフ王子は顔に薄ら笑いをたたえる。彼から放たれる底知れない狂気に広間には異様な空気が充満していた。

「王座に座るものが王の器に相応しくなければ、その者を狂わせ害すると言われている。果たしてシェイド、お前は捕食される側か否か……どちらだろうな」

 緊張が走る中、ニドルフ王子だけは平然を話を続ける。まるで単独公演でも聞いているかのようだ。

「その言葉を引用するのなら、兄上は王座の魔物に狂わされたほうだろう。あなたの覚悟は民を守り慈しむ王のあるべき姿とはかけ離れすぎている」

「……まだ、そのような耳障りのいい綺麗事を言っているのか。王は手が届く範囲の人間を救い、土地を豊かにするのではない。このエヴィテオールを他国の侵略から守ることこそ最大の役目。俺は幼い頃からずっと考えていた。この国を存続し、最も強いと知らしめるために大陸全土を統一すると」 

 あざ笑うかのようにシェイドの考えを一蹴したニドルフ王子はゆったりとした足取りで窓際に歩いていく。

「もうやめてください! あなたがこれ以上道を外れるところを見たくはありません!」

 自分を騎士に任命してくれた恩のあるニドルフ王子をダガロフさんは説得する。一度は忠誠を誓った相手だからこそ、深い情があるのだろことはその悲痛な声からひしひしと伝わってきた。

 しかし、光ある場所に引き止めたい相手はダガロフさんの言葉にさえ振り向かない。闇に堕ちる道をあえて突き進もうとしている。

「俺の夢は生きている限り潰えない」

 ニドルフ王子が天を仰ぐように両手を広げた瞬間、バルコニーに繋がる背後の大きな窓がバリンッと勢いよく割れた。

 そこから黒装束を纏った隠密たちが現れ、ニドルフ王子を守るように立つ。その中にはアージェの姿もあり、目が合うと敵だというのに「若菜さん、久しぶり」と軽く手を挙げてきた。思わず気が抜けてしまう。

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