異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「シェイド、どうし……」

「今、俺は本気で兄上を殺そうと思った。お前が声をかけてくれなければ、平然と斬り捨てていただろう。その弱さがこの隠密を傷つけることに繋がった……」

 その目は虚ろで、私は改めてシェイドが抱える闇に触れる。家族を殺され、国を追われ、実の兄をこうして追い詰めることに心が病まないはずがない。私なら狂っていたと思う。むしろ、今まで自分を見失わずにいたほうが凄いのだ。

 闇に溺れちゃだめよ、連れ戻さないと……。 

 心ここに在らずな彼を見上げて、私は思いっきりその頬を引っ叩く。

「しっかりして!」

「――なっ、若菜?」 

 目を見開くシェイドがゆるゆると私を視界に捉えるのがわかった。私は不安が滲んだ彼の顔を真っ向から見据えて、はっきりと告げる。

「完璧な人間なんていないの、大切な者を奪った人間を恨んでしまうのは普通の感情よ。でも、あなたは人として大事なことを見失わずにここまで来たじゃない!」

「……人として大事なこと?」

「あなたは憎しみよりも人の命を重んじた。今だってちゃんと思い留まろうとしたわ。大丈夫、あなたは誰よりも強い」

 そう断言すれば、自身を責めていた彼の瞳に生気が戻る。それを見届けた私はすぐに頭を切り替え、アージェの肩の服を裂いた。

 アージェはうっすらと目を開けて、宇宙人でも見たような顔をする。

「うっ、なに、を……」

「止血よ」

 鞄から取り出した布を彼の肩口の傷に当てて直接圧迫する。そんな私をぼんやりと眺めながら、アージェは呆れを含んだ笑みをこぼす。

「ははは……二度も助ける、なんて……また裏切られ、たら……どうする、の……」

「そんなの関係ないわ。私は手が届く距離にある命はどんな罪人でも見捨てない。綺麗事だって言われてもいい。誰がなんて言おうと平等に命を見つめることが私の正義だから」

 黙々と手当てする私にアージェはそれっきり口を噤んでいた。意識がないわけじゃない。ただ、私の言葉の意味を黙考しているように見えた。

「シェイド、止血変わってもらってもいい?」

「了解した」

 シェイドに止血を任せて、私は鞄から鉄の車輪状の円盤に木の棒が差さっている薬研を取り出す。薬種を押し砕く道具だ。そこへヨモギやスカカズラ、ゲンノショウコを入れてすり潰し、出た汁を止血が済んだところで傷口に塗る。

< 153 / 176 >

この作品をシェア

pagetop