異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「お前を父上や母上、義弟に紹介できないことが残念だ」

 ぽつりとこぼれた寂しい呟きに私の胸は締めつけられ、慰めるように彼の背に手を回した。

 婚約したあとに彼から聞いた話なのだが、先王の側室であったシェイドのお母様は正妻であるニドルフ王子のお母様と王宮内で対立していた。食事に毒を混ぜられるのも日常茶飯事、政務官や貴族からは側室は不憫だと噂され、頼りたい夫からの愛情も得られなかった。次第に精神を病んでしまい、今は王宮から離れた別邸で療養しているらしい。

「お父様やオルカさんへの挨拶はお墓に行ってしましょう。それから別邸にいるお母さまにも扉越しでもいいから挨拶したいわ。あなたを育んだ方々に私もお礼がしたいから」

 私が彼のことを幸せにするから、安心してくださいと伝えたい。その想いはたとえ肉体がなくとも届くと信じていた。

「お前から両親を引き離した俺に、その言葉をくれるのか……」

 申し訳なさそうに言った彼に、私は頬を膨らませる。わかってないな、とシェイドの頬に手を伸ばして軽く叩いた。

「引き離されたなんて思ってないわ。私は自分の意志でここに残り、あなたと生きることを選んだの。その意思を否定するようなことは言わないで」

「参ったな……すまない、若菜の言うとおりだ。その、色々とありがとうな」

 機嫌を取るように私の前髪に唇を押しつけてくるシェイド。謝らずにお礼を言ってくれた彼に満足した私は笑みを向ける。

「ねえ、あなたの家族の顔を見られる写真はない?」

「しゃ、しん……とやらはないが、絵画ならあるぞ」

 私の肩を抱きながら、シェイドは花の浮彫が施された白亜の暖炉に誘導する。その暖炉のすぐ上に飾られた大きな絵画には先王やお母様、シェイドやオルカさんの姿が描かれていた。

「オルカは政治的なしがらみも関係なしに俺の母親や俺にも懐いていてな。こうして絵画にも一緒に映り込んでいるんだ。ちゃっかりしているだろう」

 それでも憎めなかったのだと、彼の言葉から伝わってくる。

 写真のように鮮明に人物が描かれた絵をじっと見つめていると、弟のオルカさんの姿に目を奪われる。

 待って、この子……。

 見覚えのある癖のある茶髪と色素の薄いブラウンの瞳。十六歳くらいだろうか、絵画の中で微笑む彼の姿が病室で見たあの子に重なる。

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