異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「だが、こうするしかなかった。兄上が王になれば、この国は戦火に包まれる」

「シェイド様、それはどういうことでしょうか?」

「兄上は王位を確実に自分のものとするため、国王やオルカ……実の弟を手にかけたのだ。俺は側室の息子で兄上と弟のオルカとは腹違いの兄弟なんだが、家族としての情はもっていた。だから、目的のために簡単に血を流す兄上に王位を継がせるわけにはいかなかった」

 私の中の彼の第一印象は、どんなときも穏やかで優しい青年だった。けれど、シェイド様にはまだ、私の知らない一面があるらしい。

 その瞳の中に、静かな怒りが揺らめいている。彼は民を導く王子として聖人のように清らかな輝きを纏っているけれど、その胸を相反する黒い憎しみの炎で焦がしている。誰も気づかれないように、ひとりで苦しんでいるのだ。

「国を手に入れて、次に兄上が手に入れようとするのは他国だ。それを危惧していたからこそ、ミグナフタ王は助力してくれるんだ。兄上はなぜか、自分が上に立つことに固執しているからな」

 どうしても、避けられない戦だったのだろう。王位の奪還ではなく、国のためでもなく、ここにいる全員を生かすために導くと言った彼なら、避けられる戦はしないはずだ。

「戦争が続けば、国政に時間をかけられなくなる。それはつまり、王家に助けを求める民に手を差し伸べないことと同義だ」

 この村も王家から物資の支給など、そういった援助を受けていたのかもしれない。それが内戦で途絶えれば、当然のことだが村も人も滅びるしかない。村の荒れ果てた理由をなんとなく悟った私は、自分がいかに幸せな地で生まれたのかを実感する。

「ここが村長の家だな」

 村の中で一番大きい家の前にやってくると、シェイド様が扉をノックする。少しして中から出てきたのは、白髪のやせ細った老人だった。

 先ほどアスナさんが訪ねたからか、私たちの姿を見て「またか」とため息をつかれる。

「何度来ても、ここにはあなた方を匿える食料も寝床もありませんよ。シェイド王子、あなた方を庇って住む土地まで奪われたらたまったもんじゃない」

 老人の言い分は、ごもっともだった。勝手に王位争いを始めたくせに国を統治する役割を放り出して、挙句に助けろだなんて都合がよすぎる。

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