異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「それでもどうか、一晩でいい。負傷者も多く、このままでは死者が出てしまう。どうか、一晩だけでもこの村で休ませてはくれないだろうか」

 シェイド様は自分が王子であることなど気にせずに深々と頭を下げる。これが私たちを守るためなのだと思ったら、じっとしているなんてできなかった。

「私は王子と出会って三週間ほどしか共に過ごしていませんが、彼が生きていることこそがこの国の希望になると思いました」

 私の言葉が荒れた大地で生きてきた村長に届くなんて、そんな過信はしていない。ただ、伝えずにはいられなかった。

「私が生まれた国は、全てとは言いませんが国民の言葉が権力者の元に届きます。それは民にも意思があり、民あってこその国だと権力者が理解しているからです」

 ニュースで見た国会で意見する議員たちの姿を思い出しながら、村長に伝わるように言葉を選んで伝える。

「シェイド様は自分のせいでこの村が荒れ果ててしまったのだと嘆いておられました。もちろん、嘆くだけなら簡単と思うでしょう。でも今、彼にできることは生き残ってこの国の王になる道を探すことです」

 看護師として目の前の負傷者を救うことが私の役目であるように、シェイド様は王子にしかできないことと向き合わなければいけない。目の前に救いを求める手が幾千と伸びてきても、ひとつひとつを救っていては時間が足りなくなる。

「個を救うのは、私のような下々にもできることです。そこに代わりはたくさんいますが、全を救える人間というのは限られます」

 大勢の人を助けたくても、私の体はひとつしかないのでできない。でも王であれば多くの人や金を動かし、その恩恵を国の隅々まで行き渡らせられる。

「だから国を正しく治めることのできる彼を生かすことこそ、私たち民の希望になるとは思いませんか?」

 今を必死に生きる彼らからしたら、遠い未来になってしまうかもしれない話をされても納得はできないだろう。けれど、時間がかかってもいい。シェイド様がなんのために必死に戦っていたのか、それを知ってくれたらと思う。

 喋りたいだけ喋った私を、シェイド様は目を見張るようにして凝視していた。間違っているとは思わないが、余計なことをしてしまったのかもしれない。

 しばらく黙り込んで私の話を聞いていた村長は、迷うように深く息を吐く。祈るような気持ちで答えを待っていると、その口がゆっくりと開かれた。

「私もシェイド王子が民のために奮闘してくださっているのは知っているのです。この村に井戸を作ってくださったのも、シェイド王子でしたから」

 そうだったんだ。

 驚いてシェイド様を見ると、肩をすくめられる。

 自分の偉業を自慢して歩くようなタイプではなさそうなので、これもして当然のことだからとわざわざ口にしなかったのだろう。

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