異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「それなら大丈夫ね。信じられないと思うけど、傷にいる細菌や汚れを石鹸で洗って水で洗い流すことが大事なの。あ、お水の温度も冷たいと痛みを誘発するから人肌程度に温めといてあげるのも大事よ」

 私は患者の右下肢の傷口を石鹸で洗い、新しい肉が盛り上がってきているのを確認する。中から傷口が化膿しないように湿らせてくれている滲出液が出ているのを見て、私は皮膚に触れる面の布にオリーブオイルを塗って塞いだ。

「傷口は細胞が増えやすくするように、湿潤環境をつくってあげることが大事なの。花に水をやるのと同じ感覚ね。でも、ガーゼや布で塞ぐと皮膚と傷口がくっついてしまうでしょう? だから、油を塗って外しやすくしておくのよ」

 講義を挟みつつ、私は次々と患者の治療にあたる。半日を過ぎるころには、同じ症例にあたった治療師が教えた通り正しい処置をすることができていて、私ひとりの負担も少なくなっていった。

「この患者が最後です、お疲れ様でした」

 皆にそう声をかけると、安堵した様子で治療師たちがその場に座り込む。全員の治療を終わらせる頃には、外が茜色に変わっていた。

 でも、皆が熱心に知識や技術を吸収していってくれたので、きちんとひとりひとり休憩をとることもできている。その顔に疲弊はあるものの、全員笑顔だった。

「若菜さん、今日はありがとうございました」

「どこで医術を学ばれたんですか?」

「今度、講義を開いてくださいよ」

 一斉に治療師たちに話しかけられて私が苦笑いしていると、静かに治療室を出ていくシルヴィ治療師長の姿が見えた。

「皆、ごめんなさい。あとは休んで大丈夫だから、私は用事があるので先に行くわね」

 患者は全員帰ってしまったので、私がここにいなくても大丈夫だだろう。皆ともう少しいたかったのだが、私には先に話さなければならない人がいるのだ。

 がっかりした様子の皆を置いて治療室を出た私は、シルヴィ治療師長を追って治療館の中を探したのだが見つけられなかった。

 今度は治療館の外に出て先ほどの庭園を進んでいくと、芝生の上にあるベンチの上に横になっているシルヴィ治療師長を発見する。腕で目元を隠していて表情はわからないが、疲労感が滲み出ているように感じた。

 私はそっと彼に近づいて、ベンチの手すりから顔をのぞき込む。

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