異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
四話 隻眼の騎士、忠誠を誓う
「シルヴィ治療師長、夜遅くまでありがとうございました」

「まったくだ……おかげさまで寝不足だぞ」

 王宮治療師長になってから一週間。日中に治療師の仕事をしたあと、私はシルヴィ治療師長に夜遅くまで薬草学の講義を受ける日々を送っていた。口では面倒だと言いながら、シルヴィ治療師長はなんだかんだ付き合ってくれている。

 講義の後は軽くお茶をして別れるのが日課になっているのだが、話題は治療や薬学についてだ。結局、講義の延長のようになってしまい、そこから小一時間話し込んでしまう。

「そろそろ寝る、もう限界だ」

 時計を確認してげっそりしたシルヴィ治療師長を見て、講義も休日を設けないと体力がもたなくなるなと反省する。私も彼もいい年だからだ。

 私はシルヴィ治療師長と別れて二階にある寮へ戻ろうとしたのだが、勉強のあとは頭が冴え渡ってすぐには寝つけない。

「夜風にでも、あたろう」

 行き先を治療館の外に変えて、私は銀の星が煌く濃紺の空の下へ出る。あてもなく歩いていると、いつの間にか薔薇園に来ていた。昼間だと生き生きとして見えるアンクル・ウォルターが、今は月光の雨を浴びて幻想的に映る。

 私はひんやりとした風に心地よさを感じて瞼を閉じた。サワサワと揺れる薔薇と木々の音に、ここ数日で蓄積された疲れが癒されていくようだった。

「これは……素敵なお嬢さんに出会えるのなら、夜に散歩に出てみるのもいいものだな」

 久しぶりに彼の声を聞いた気がする。

 私は王宮治療師としての仕事が忙しく、彼は王位奪還に向けて毎日軍議に参加していて、ここ数日は滅多に顔を合わせることはなかった。

「私も散歩に出てきてよかったと、そう思っていたところです」

 振り返って微笑めば、シェイド様が私の前まで歩いてきた。薔薇の甘い香りと柔らかな月の光に照らされた私たちは向かい合うように立つ。

「聞いたぞ、飛び級で王宮治療師長になったらしいな」

 可笑しそうに言うシェイド様は、私とシルヴィ治療師長の一悶着の詳細を知っているようだ。どう伝わっているのかは気になるが、彼が笑っているところを見ると、噂の中の私はさぞかし勇ましく振る舞ったのだろう。聞くのが恐ろしい。

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