異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「前に、若菜は俺と恋仲になるようなことはないと言っただろう?」

「……え?」

 それはいつの話だと考えて、すぐにアシュリー姫とこの庭園で険悪な雰囲気になってしまったときのことだと思い出す。確か、年齢的にもシェイドたちからすると、私はおばさんだろうから恋愛対象にはならない、というようなことを口走った気がする。

 あれからアシュリー姫には廊下ですれ違うたびに嫌味を浴びせられるようになってしまったのだ。もっと、いいあしらい方があったのではないか。絶賛反省中である私は、ため息混じりに答える。

「そんなことも、あったわね」

「俺は世界中どこを探しても、若菜より容姿も心根も美しい女性はいないと思っている」

「……お世辞は間に合ってるわ」

 晴れて三十路を迎えた日から、同僚や高校時代の友人からは年齢に比べて若く見えるよね、とお世辞を言われる頻度が高くなった。

 専門学校時代の友人からは看護師は激務のせいで婚期が遅れるのは仕方がないこと、と虚しい慰め合い。

 わかっている。私に三十にもなって恋人がいないのは、仕事にかこつけて自分から相手を探すことを怠ったせいだと。呑気に白馬の王子様を待っていたら、しわしわのおばあさんになってしまう。現実は夢物語のようにそう甘くないのだ。

 まさかこの世界も、現実逃避したい私が見た夢なのではないか。だとしたら夢の中でさえ、私は仕事をしているのだなと苦笑いする。

「俺は、あなたの前では本心しか語らないと言っただろう」

 冗談にさせはしないと言うように、シェイドの声は真剣だった。向けられる視線は私を縫いつけるように捕らえて逃がさない。

 鼓動が静寂の庭園に響いてしまいそうで、今ほど強く風が吹き荒れてほしいと思ったことはない。

 やがてシェイドは懇願するような眼差しで、その薄く形のいい唇を開く。

< 64 / 176 >

この作品をシェア

pagetop