異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「それ、気づくの遅すぎよ。それから、死にたくないならそろそろ黙ったほうがいいわよ。団長、拳を振り下してるから」

 アスナさんが「え?」と顔を上げる。そこには鬼の形相をしたダガロフさんの姿があり、地を這うような声を出す。

「アースーナー……、若菜さんの耳と目を汚した罪は重い。いっぺん死んで生まれ変わってこい」

「ぐほおぁっ」

 脳天にダガロフさんの鉄拳を受けたアスナさんは悲鳴を上げて、寝台に突っ伏したまま動かなくなった。

 いつから私の部屋は、小学校の昼休み並みに騒がしくなったのだろう。でも、ダガロフさんは私とふたりきりでいたときより生き生きとしていたのでホッとした。

 それから一拍おいて、アスナさんは復活した。体を起こして、抗議の視線をローズさんに向ける。

「ローズ、忠告するなら拳を振り下ろす前にしてくれ」

「ああ、ごめん。“気づいてた”わ」

「忘れてた、ローズの性悪っぷりはエヴィテオール一だったよ」

 半目で諦めたように言うアスナさんが、「それにしても」とダガロフさんを再び見上げた。

 ダガロフさんは食べ損ねていた昼食に手をつけながら、訝しげに片眉を持ち上げる。

「なんだ?」

「いつから、そんなに若菜ちゃんを愛しちゃってるんです?」

 愛、という単語を耳にしたダガロフさんは盛大に昼食の米を吹き出した。私がハンカチを差し出そうとしたとき、背後でガタンッと扉が閉まる音がする。

「その話、俺にも詳しく聞かせてくれ」

 振り返ると、怖いくらい笑顔のシェイドが立っていた。

 目を丸くしてその顔を凝視していると、こちらに歩いてきたシェイドが部屋にあった椅子を立っている私の隣に移動させて腰掛ける。

「ノックをしても返事がなかったから、心配になって入ってしまったんだ。すまない、ダガロフと共同とはいえ、女性の部屋に無許可に入るものではなかったな」

 礼儀正しく頭を下げてくるシェイドだが、いつもより纏う空気に棘を感じるのはなぜだろう。

 私はぎこちなく笑みを返して「き、気にしないで」と顔を引き攣らせながら返事をした。

 シェイドから放たれる威圧感に部屋の中は凍りつく。それもそのはず、シェイドの機嫌が悪いことなど滅多にないからだ。

 小声で「お前が話しかけろ」とアスナさんがローズさんを肘で突いているのが見える。もちろん、ローズさんは完全無視を決め込んでいた。

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