異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「ダガロフ、この一週間で随分と調子を取り戻したようだな」

 最初に口を開いたのは、シェイドだった。

 話しかけられたのはダガロフさんなのに、皆の背筋が伸びる。私の中にあった好青年な王子像は崩れ去り、今やその爽やかさが胡散臭い。

 あのローズさんでさえ、カップの中で揺れている紅茶を見つめながら現実逃避しているのだ。触らぬ神に祟りなし、とはこのことだと私はしみじみ思う。

「王子、失礼ながら怒っておいでですか」

 そこで切り込んだダガロフさんに、さすがは騎士団長!と合いの手を入れたくなる。その問いに部屋の温度が急降下中だが、彼はれっきとした勇者だ。

「そんなまさか、俺はお前が元気になってくれたことを喜んでる」

 ――それで!?

 口を突いて出そうになった言葉を慌てて飲み込む。口元をおさえながら、恐る恐るシェイドとダガロフさんの顔を見比べる。

 変わらず軽薄な笑みを浮かべているシェイドを、百戦錬磨の戦士と対面するような気迫で見返すダガロフさんに、お願いだから部屋から出て行ってと心の中で念じる。ここにいたら精神的ストレスで寿命が十年は減りそうだ。

「本題に移るが、ダガロフは若菜のことをどう思っているんだ」

 真剣な顔でなにを言い出すのかと思いきや、シェイドは不可解な質問をダガロフさんに投げかけた。

 私は「え?」と思わず口を挟んでしまう。そんな私のところにアスナさんがやってきて、後ろから肩に手を置かれた。

「恋路を邪魔すると、馬に蹴られるんだよ」

 耳打ちしたアスナさんに、私は首を傾げた。

 話の流れからするに私も関係ありそうだし、当事者なので馬に蹴られることはないのでは?と思うのだが、アスナさんの必死な形相を見て素直に黙っていることにした。

「丁度よかったです。俺の話を聞いてもらえますか」

 ダガロフさんは食べかけの昼食が乗ったトレイをいったん円卓の上に置き、寝台を出る。負傷したのは目だけだが、視界不良で転倒の恐れがあると思った私はダガロフさんに駆け寄ってその背を支えた。

「ゆっくり動かないと、転んでしまいますよ?」

「ありがとうございます、若菜さん。でも、心配はいりません。これでも若菜さんが仕事に行かれているときに素振りをしていたんです。もう十分動けます」

 まさか、私に黙って剣術の訓練をしていたとは。痛みや怪我の具合を見ながら行動範囲を少しずつ広げていく治療計画が台無しだ。

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